詩のpickup(好きな詩)

八木重吉さんの詩の中から、好きな詩を10詩選びました。

  • 詩集「秋の瞳」から
  • 詩集「貧しき信徒」から

    • (こころがたかぶつてくる)
    • 雨の日
      (雨が すきか)
    • 悲しみ
      (かなしみと わたしと)
    • かなしみ
      (かなしみを乳房のようにまさぐり)
    • 果物
      (秋になると)
  • 詩群「鞠とぶりきの独楽」から

    • (森へはいりこむと)
  • 詩群「ことば」から

    • (草をふみしだいてゆくと)
  • 詩群「晩秋」から
    • 明日
      (まず明日も眼を醒まそう)
  • 詩群「信仰詩篇」から
    • 万象
      (人は人であり 草は草であり)



壺のような日



壺のような日 こんな日
宇宙の こころは
彫《きざ》みたい!といふ 衝動にもだへたであらう
こんな 日
「かすかに ほそい声」の主《ぬし》は
光を 暗を そして また
きざみぬしみづからに似た こころを
しづかに つよく きざんだにちがひあるまい、
けふは また なんといふ
壺のような 日なんだらう

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こころがたかぶつてくる
わたしが花のそばへいつて咲けといへば
花がひらくとおもわれてくる

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雨の日



雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたわう

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悲しみ



かなしみと
わたしと
足をからませて たどたどとゆく

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かなしみ



かなしみを乳房《ちぶさ》のようにまさぐり
かなしみをはなれたら死のうとしてゐる

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果物



秋になると
果物はなにもかも忘れてしまつて
うつとりと実《み》のつてゆくらしい

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森へはいりこむと
いまさらながら
ものというものが
みいんな
そらをさし
そらをさしているのにおどろいた

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草をふみしだいてゆくと
秋がそっとてのひらをひらいて
わたしをてのひらへのせ
その胸のあたりへかざってくださるようなきがしてくる

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明日



まず明日《あす》も眼を醒まそう
誰れがさきにめをさましても
ほかの者をが皆起すのだ
眼がハッキリとさめて気持もたしかになったら
いままで寝ていたところはとり乱しているから
この三畳の間へ親子四人あつまろう
富子お前は陽二を抱いてそこにおすわり
桃ちゃんは私のお膝へおててをついて
いつものようにお顔をつっぷすがいいよ
そこで私は聖書をとり
馬太伝六章の主の祈りをよみますから
みんないっしょに祈る心になろう
この朝のつとめを
どうぞしてたのしい真剣なつとめとして続かせたい
さあお前は朝飯のしたくにおとりかかり
私は二人を子守りしているから
お互いに心をうち込んでその務を果そう
もう出来たのか
では皆ご飯にしよう
桃子はアブちゃんをかけてそこへおすわり
陽ちゃんは母ちゃんのそばへすわって
皆おいちいおいちいって食べようね
七時半ごろになると
私は勤めに出かけねばならない
まだ本当にしっくり心にあった仕事とは思わないが
とにかく自分に出来るしごとであり
妻と子を養う糧を得られる
大勢の子供を相手の仕事で
あながちに悪るい仕事とも思われない
心を尽くせば
少しはよい事もできるかもしれぬ
そして何より意義のあると思うことは
生徒たちはつまり「隣人」である
それゆえに私の心は
生徒たちにむかっているとき
大きな修練を経ているのだ
何よりも一人一人の少年を
基督其の人の化身とおもわねばならぬ
そればかりではない
同僚も皆彼の化身とおもわねばならぬ
(自分の妻子もそうである)
そのきもちで勤めの時間をすごすのだ
その心がけが何より根本だ
絶えずあらゆるものに額《ぬか》ずいていよう
このおもいから
存外いやなおもいもはれてゆくだろう
進んでは自分も更に更に美しくなり得る望みが湧こう
そうして日日をくらしていったら
つまらないと思ったこの職も
他の仕事に比べて劣っているとはおもわれなくもなるであろう
こんな望みで進むのだ
休みの時間には
基督のことをおもいすごそう
夕方になれば
妻や子の顔を心にうかべ乍《なが》ら家路をたどる
美しいつつましい慰めの時だ
よく晴れた日なら
身体《からだ》いっぱに夕日をあび
小学生の昔にかえったつもりで口笛でも吹きながら
雨ふりならば
傘におちる雨の音にききいりながら
砂利の白いつぶをたのしんであるいてこよう
もし暴風の日があるなら
一心に基督を念じてつきぬけて来よう
そしていつの日もいつの日も
門口には六つもの瞳がよろこびむかえてくれる
私はその日勤め先えの出来事をかたり
妻は留守中のできごとをかたる
何でもない事でもお互いにたのしい
そして お互いに今日一日
神についての考えに誤りはなかったかをかんがえ合せてみよう
又それについて話し合ってみよう
しばらくは
親子四人他愛のない休息の時間である
私も何もかもほったらかして子供の相手だ
やがて揃って夕飯をたべる
ささやかな生活でも
子供を二人かかえてお互い夕ぐれ時はかなり忙しい
さあ寝るまでは又子供たちの一騒ぎだ
そのうち奴《やっこ》さん達は
倒れた兵隊さんの様に一人二人と寝入ってしまう
私達は二人で
子供の枕元で静かな祈りをしよう
桃子たちも眼をあいていたらいっしょにするのだ
ほんとうに
自分の心に
いつも大きな花をもっていたいものだ
その花は他人を憎まなければ蝕まれはしない
他人を憎めば自ずとそこだけ腐れていく
この花を抱いて皆ねむりにつこう

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万象



人は人であり
草は草であり
松は松であり
椎は椎であり
おのおの栄えあるすがたをみせる
進歩というような言葉にだまされない
懸命に 無意識になるほど懸命に
各各自らを生きている
木と草と人と栄えを異にする
木と草はうごかず 人間はうごく
しかし うごかぬところへ行くためにうごくのだ
木と草には天国のおもかげがある
もううごかなくてもいいという
その事だけでも天国のおもかげをあらわしているといえる

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