煤《すす》けた厨《くりや》の明り窓の下に
玉葱と人参がひつそりと置いてあつた

帰つて来た子供が又遊びに出て行つた

蛾がきて電燈の球を一周《ひとまは》りした

湯が滾《たぎ》つてゐた
竈《かまど》の火が赤かつた

往還《わうくわい》の夕方を
篠《しの》ノ井の林檎売が荷車を曳いてすぎて行つた

呼んでゐる
誰かが誰かを呼んでゐる

思ひ出のやうに
前掛をして老けた顔の女が立つてゐた

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