空の心について

美術館の絵の解説に、日本画と西洋画の違いを説明したパネルがありました。日本古来の伝統的な絵は日本画、油絵を中心とする西洋の方法で描かれた絵は西洋画と呼ばれます。そして、同じ風景を対象とする絵でも、西洋の技法による絵は風景画、日本の技法による絵は山水画と呼ばれます。西洋では、厳しい自然環境から自然を人間と対立するものとして捕らえ、風景を写実的に写すことに主体を置いたのに対し、日本では、自然を豊かな恵みをもたらす繋がりのあるものとしてとらえ、絵の中に感情や詩情を現すことを主体に置いていた、と説明されていました。
この違いはキャンバスの塗り方にもあらわれており、西洋の風景画はキャンバスの全てが塗られているのに対して、日本の山水画では空白の部分が多く残っています。そしてこの山水画を見ると、色が塗られている所よりも空白の部分に画家の表したかった心が置かれているように感じがして、この空白の部分から個人の抒情と言うよりも生命の全てが通じている森羅万象の流れが感じられてきます。
私は自分という人間を自然の流れに委ねて生きることとしており、その中で詩を作っています。私という人間の心と体の全てを投げ出して、空のように空っぽになった中に、雲が流れていき、光が透き通り、見えない風が過ぎていくという状態、そこから流れ出てくる物を詩という形にしていきたいと思っています。
この山水画に表されている所は、私が表そうとしているものに近いと思います。自然という大きな巡りが生み出していく世界の様相を語り、そしてその全てを言葉で塗りつぶすのではなくて、本当に大切な所、語るべき所は空白、或いは虚ろな部分に託し、人が本来通じている所からの湧き出しに任すことにする。そういう方法で一つの詩を作り上げる事が出来ないかと考えるのです。それをどういうふうにしていけば良いかと言う方法はありませんが、人間としてそういう空の心に通じるような、或いはそういった境界が無くなるようなものになるということでしょう。
私はそう思い、以前に作り出した詩を少し書き改めてみることにしました。勿論最初に作り出した詩も、ふとした朝に出来上がったというのではなくて、朝に生み出されたイメージをノートに書き付け、それを何度かの朝を送ることによって書きあげた物ですが、上のような観点で改めて日々を過ごすことで書き改めたという事です。
まず、最初の方が




空は空っぽなのに
電車の中は満員だ


雲が流れているのに
会社の中は窮屈だ


少時の絵筆を持って
僕の土地の事を語ろう


人も田も山も
澄んでいる土地の事を

で、書き改めた方は

朝日


ホームに立っていた
空は待っていた
雲が流れていた
電車は満員だった


少時の絵筆を持って
僕の土地のことを語ろう
人も田も山も
やわらかな土地の事を

です。主に最初の4行を書き改めています。
最初の詩では、受けとめた目の前の事実と感情を論理的に接続し、それを少年の言葉で訴えることで、普段当たり前として受け入れている事に光を当てています。そして、2行ずつに分けた前半部を後半部でそのまま踏襲する事により、子供の声の明るい感じとリズムを保ちながら後半部に進みます。こちらの詩の方が後の詩より空白が多いのですが、前半部の論理的接続で詠ませるリズムの繋がりがあるために、全体を通じて読む早さは早くなります。
一方書き改めた方の詩では、上の4行を一括りとして後半も同じ形としました。前半部の一文一文の間には論理的な接続があるのではなくて、別の風景(ホームと空)の事を淡々と述べているだけです。一行目のホームを見ている目線から、空という上を見上げる目線へは、その間に動作としての時間の変化が生まれています。また更に「空が待っていた」「雲が流れていた」という文により、詩の情景の中に経過としての時間の変化が存在しています。そして最後に、空から現実のホームへと目線を戻し、ホームに入ってきた電車の状態を見つめるという流れがあります。
この前半部の2つの時間の経過があるために、後半部でのリズムは最初の詩と明らかに異なっており、ホームに残された人が、空のさらに遠くを思いかえして語り出すことで、静かでやわらかな時間が流れています。
など偉そうに語ってみましたが、無論こういったことは後付の理由であります。出来た物を後から意味づけをしているに過ぎません。私は器用な人間ではありませんから、こういうふうにしたら詩が落ち着いたものになるというようなものは作れません。
問題は、山や森からこんなに遠く離れたところで、どうやって日々の生活を空のような心で送るかということであり、これが大変な事なのです。そういった事が大切であることを知っている友人も、私と同じように外からの情報に目を奪われて歩くように流されてしまうようです。誰か空の心の秘密を知っている人がいたら、少し教えていただきたいのですが。