傘のうち

二人《ふたり》してさす一張《ひとはり》の
傘に姿をつゝむとも
情《なさけ》の雨のふりしきり
かわく間《ま》もなきたもとかな

顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
梅花《ばいくわ》の油黒髪《くろかみ》の
乱れて匂ふ傘のうち

恋の一雨《ひとあめ》ぬれまさり
ぬれてこひしき夢の間《ま》や
染めてぞ燃ゆる紅絹《もみ》うらの
雨になやめる足まとひ

歌ふをきけば梅川よ
しばし情《なさけ》を捨てよかし
いづこも恋に戯《たはふ》れて
それ忠兵衛の夢がたり

こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を乾《ほ》さぬ間《ま》に
手に手をとりて行きて帰らじ

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