草笛老子〜信州小諸懐古園から〜

gravity22005-12-10


懐古園の草笛

信州小諸の懐古園では、不思議な音色を聞くことがあります。この音色は島崎藤村の詩「千曲川旅情」の曲が草笛で吹かれた音です。
この曲を流す装置は藤村記念館と藤村詩碑の間にあり、ボタンを押すと曲が流れるようになっています。一度ボタンを押すと長い曲が始まり、もう一度押しても止めることができないので、たいていこの音は鳴り響いています。初めて装置の前を訪れた人は何だろうと思ってこれを押し、一方でまた来た人も何となくその曲を聞きたくなるという不思議な響きなのです。

草笛老子

この装置に録音されている草笛の曲を吹いた人は、草笛老子と呼ばれた横山祖道(1907-1980)というお坊さんです。説明によると、昭和33年から22年間、雨の日も雪の日も欠かさずにこの場所に来て、説法をする代わりに優しく草笛を吹いて旅行く人々を慰めていたそうです。
この草笛の話だけでも十分興味を引かれますが、草笛老子の出身地はなんと宮城県なのです。「なんと」と思うのは昨年まで仙台に住んでいた私だけで別に他の人は何とも思わないかも知れませんが、東北の宮城と甲信越の長野は心の上でも遠い場所だと思います。また、地方から首都圏、首都圏から地方というのではなく、地方から地方という珍しい移動の仕方です。
お坊さんの世界には、「雲水」という言葉があり、それは、空の雲や流れる水の様に行方を定めず諸国を行脚する僧のことをさします。そういった世界ですから、出身などという心を束縛する要素は悟りに上で引き受けないものかもしれません。しかし、宮城から信濃に来て、22年間毎日欠かさず旅人に向かって草笛を吹き続けたいう人生を考えると、雲が行き風が流れる寂々とした世界を感じざるをえません。いったいどのような人生を送って小諸に辿り着いたのでしょうか。
懐古園を訪れた際にはぜひこの音色を聞いてみてください。