農夫

なんとなく空は険悪で
そしてくらく
ぽつぽつ雨さへおちはじめた
もう一日も終りであつた
自分はおもひだす
氷山のやうなあの山山を
鋼鉄《はがね》のやうな冬のあの日を
そこではげしく
たつたひとり
たつたひとり
大きな熊手鍬《まんのう》をふりあげふりあげて
せつせと働らいてゐた
あの獣のやうな農夫を
疾駆してゐる汽車の窓から
自分はちらとそれをみかけた
みぶるひがさつとはしつた
そのときから自分のこぶしは石となり
自分の頭上にはだれにもみえない角が生えた
そのころの自分のくるしみ
そのどんぞこから
それでも自分は帽子を脱つた
農夫はなんにもしらないのだ
けれど自分をしみじみと考へさせた
わきめもふらず
天も仰がず
荒れはてた田圃の中で
刈株の土をおこしてゐた
たつたひとりの
あの農夫
ひとりであつたあの厳粛さ
ぽつぽつ雨さへおちてゐる記憶の上につゝ立つた
自分は強い農夫をみる
自分は強いそして獣のやうな人間を
いまもかく

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