上野散歩〜旧東京音楽学校奏楽堂〜(1)

アオキ

春の気配

草むらで集って声を上げているスズメ達、新鮮な大気の露を身に宿している花のつぼみ、枯色の枝からキャベツの様な葉を広げようとしているアジサイの芽ぐみ、私の心にも春の気配(けはい)が感じられるようになりました。気配(けはい)という漢字は、「きくばり」とも読みます。春を感じるためには、繊細な心、細やかな気配りが必要です。
私は日頃、優しく生きようと考えています。優しい人間でいようと思っています。
遍く優しい心でいれば、自然と感情は穏やかになり、心には静けさが満ちてくるものです。そしてその静謐な静けさの下に身を置けば、自分にとって心地のよい生き方、利害損得ではなく自分の道を選ぶということが出来ると考えています。

日々の仕事

しかし、先週末、私の心はかなり荒立っていました。
今の私の仕事というのは、主に事故やクレームに関する事であり、それは突発的な問題への早急な対応が求められるものです。普段私は、その仕事から生じる心のリズムの異常を、昼休みに公園の林の中を歩くことで戻していますが、先週に限っては私自身が原因による仕事の失敗が重なってしまったため、私の心は私の後悔という内側へ陥ってしまったため、公園を歩いても草木の繊細な優しさに気付くことなく、何も見えなくなっていました。
そしてその心は、そのまま週末になっても収まらず、苛立ちだけが残り、この状態を何とかしようと思いながらも、考えれば考えるほど仕事の失敗や残っている案件が頭の中に浮かんできて、自分ではどうしようもありませんでした。
私は外に出て、あてもなく電車に乗りこみ、車窓からの風景を眺めては幾つかの駅で降りようとし、しかしその車窓のまま駅を通り過ぎて、あてもなくただ折り返し、そして私は上野の駅で降り立ちました。

(2)へ続く