梢の巣にて(1)〜高原の風景より〜

gravity22006-04-18

雪解けの高原へ

街の公園で、桜の花がほころび始めても、高原の林ではまだ風が吹きすさんでいるものです。私は3月の終わり頃に、雪の解けた森を散策しようと、長野の高原に出かけました。
ゆっくりと、一呼吸一歩−これは山登りの時の呼吸ですが、私はそのぐらいの歩みをもって、その高原で野鳥が観察できるという森の中に入っていきました。
もし、誰かがその姿を見つけたとしたら、こう言うかも知れません。あなたは、そんなに土の上を歩くのが珍しいのですか、と。しかし、実のところ、日頃都心部で働いている私にとっては、このような高原の森に一人で来て、そしてその静謐さの中に自分が望まれていることがとても嬉しいのです。

鉛色の空

フリースの帽子から、少し耳を出してみます。空気がとても冷たいので、ウサギのように聞き耳を立てているのは辛いのですが、少しは鳥の声を聞いてみたいものです。しかし、車の音が完全に聞こえなくなるまでのしばらくの間は、その森の中から鳥の声は聞こえてきませんでした。
その日は気温が低いだけではなく、空は鉛色に広がって、そして枝は所々途中から折れて垂れ下がっていました。しかしここは森の中で、街の中ではありません。カラスやスズメしかいないのではなく、木の上ややぶの中に、本当は様々な鳥がいるはずです。たとえその季節に、南に去ってしまう鳥がいるとしても、逆に北の国から鳥が渡ってくるはずです。
私は、流れのよどんだ小川沿いの道を、遡るように登りました。そしてその小川の先の小さな沼地を越える頃、私は体が熱くなってきたのを感じ、立ち止まってリュックサックを降ろしました。ダウンジャケットを脱いで、その下に着ていたシャツを一枚脱ぎました。そして水筒を取り出し、お茶をフタに注ぎました。

野鳥の声

するとその時、どこからか小さい鳥が二羽、声をあげて飛んできて、私の前の木の高い所にとまりました。その鳥達は、枝の先の梢をつかんで、互いに鳴き合っています。後から知りましたが、そこ声がさえずりと呼ぶ、相手を求める鳴き声でした。
その鳥がつかんでいる枝は、青葉にも若葉にも遮られることなく、空までの地図を透かしていました。姿は小さいのですが、灰色の羽の色も、クチバシが尖っている先も見ることができました。しかし私には、その鳥がスズメではなく、カラスではなく、タカでもない鳥としか区別が出来ませでした。それは大変残念なことです。
ここの木々は、落葉樹だから、冬には葉を落としてしまいます。すると私にはその木が、何という名前の木なのか、もうさっぱり分かりません。葉を落としてしまっては…。私は冬の哀しみからそう思うと、ふと、自分がその下の落ち葉に、全く気を配っていないことに気がつきました。私は、今に至っても、何も分かっていないのかもしれません。

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