2006-12-01 農夫 詩 萩原朔太郎 海牛のやうな農夫よ 田舎の家根には草が生え、夕餉《ゆふげ》の烟ほの白く空にただよふ。 耕作を忘れたか肥つた農夫よ 田舎に飢饉は迫り 冬の農家の荒壁は凍つてしまつた。 さうして洋燈《らんぷ》のうす暗い厨子のかげで 先祖の死霊がさむしげにふるへてゐる。 このあはれな野獣のやうに ふしぎな宿命の恐怖に憑《つ》かれたものども その胃袋は野菜でみたされ くもつた神経に暈《かさ》がかかる。 冬の寒ざらしの貧しい田舎で 愚鈍な 海牛のやうな農夫よ。 目次に戻る