詩集の始に

 この詩集には、詩六十篇を納めてある。内十六篇を除いて、他はすべて既刊詩集にないところの、単行本として始めての新版である。
 この詩集は「前篇」と「後篇」の二部に別かれる。前篇は第二詩集「青猫」の選にもれた詩をあつめたもの、後篇は第一詩集「月に吠える」の拾遺と見るべきである。即ち前篇は比較的新しく後篇は最も旧作に属する。
 要するにこの詩集は私の拾遺詩集である。しかしながらそのことは、必しも内容の無良心や低劣を意味しない。既刊詩集の「選にもれた」のは、むしろ他の別の原因――たとへば他の詩風との不調和や、同想の類似があつて重複するためや、特にその編纂に際して詩稿を失つて居た為や――である。現に巻初の「蝶を夢む」「腕のある寝台」「灰色の道」「その襟足は魚である」等の四篇の如きは、当然「青猫」に入れるべくして誤つて落稿したのである。《もし忠実な読者があつて、此等の数篇を切り抜き「青猫」の一部に張り入れてもらへば至幸である。》とはいへ、中には私として多少の疑案を感じてゐるところの、言はば未解決の習作が混じてゐないわけでもない。むしろさういふのは、一般の読者の鑑賞的公評にまかせたいのである。
 詩集の銘を「蝶を夢む」といふ。巻頭にある同じ題の詩から取つたのである。

   西暦千九百二十三年

著 者 

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