2005-11-02から1日間の記事一覧

蓮花舟

しはしはもこほるゝつゆははちすはの うきはにのみもたまりけるかな 姉 あゝはすのはな はすのはな かげはみえけり いけみづに ひとつのふねに さをさして うきはをわけて こぎいでん 妹 かぜもすゞしや はがくれに そこにもしろし はすのはな こゝにもあか…

暗香

はるのよはひかりはかりとおもひしを しろきやうめのさかりなるらむ 姉 わかきいのちの をしければ やみにもはるの かに酔はん せめてこよひは さほひめよ はなさくかげに うたへかし 妹 そらもゑへりや はるのよは ほしもかくれて みえわかず よめにもそれ…

四つの袖

をとこの気息《いき》のやはらかき お夏の髪にかゝるとき をとこの早きためいきの 霰《あられ》のごとくはしるとき をとこの熱き手の掌《ひら》の お夏の手にも触るゝとき をとこの涙ながれいで お夏の袖にかゝるとき をとこの黒き目のいろの お夏の胸に映《…

白壁

たれかしるらん花ちかき 高楼《たかどの》われはのぼりゆき みだれて熱きくるしみを うつしいでけり白壁に 唾《つば》にしるせし文字なれば ひとしれずこそ乾きけれ あゝあゝ白き白壁に わがうれひありなみだあり 目次に戻る

二つの声

朝 たれか聞くらん朝の声 眠《ねむり》と夢を破りいで 彩《あや》なす雲にうちのりて よろづの鳥に歌はれつ 天のかなたにあらはれて 東の空に光あり そこに時あり始あり そこに道あり力あり そこに色あり詞《ことば》あり そこに声あり命あり そこに名ありと…

酔歌

旅と旅との君や我 君と我とのなかなれば 酔ふて袂《たもと》の歌草《うたぐさ》を 醒《さ》めての君に見せばやな 若き命も過ぎぬ間《ま》に 楽しき春は老いやすし 誰《た》が身にもてる宝ぞや 君くれなゐのかほばせは 君がまなこに涙あり 君が眉には憂愁《う…

春の曲

うてや鼓《つづみ》の春の音 雪にうもるゝ冬の日の かなしき夢はとざされて 世は春の日とかはりけり ひけばこぞめの春霞 かすみの幕をひきとぢて 花と花とをぬふ糸は けさもえいでしあをやなぎ 霞のまくをひきあけて 春をうかゞふことなかれ はなさきにほふ…

佐保姫

ねむれる春ようらわかき かたちをかくすことなかれ たれこめてのみけふの日を なべてのひとのすぐすうち さめての春のすがたこそ また夢のまの風情《ふぜい》なれ ねむげの春よさめよ春 さかしきひとのみざるまに 若紫の朝霞 かすみの袖《そで》をみにまとへ…

春の歌

春はきぬ 春はきぬ 初音《はつね》やさしきうぐひすよ こぞに別離《わかれ》を告げよかし 谷間に残る白雪よ 葬りかくせ去歳《こぞ》の冬 春はきぬ 春はきぬ さみしくさむくことばなく まづしくくらくひかりなく みにくゝおもくちからなく かなしき冬よ行きね…

若水

くめどつきせぬ わかみづを きみとくまゝし かのいづみ かわきもしらぬ わかみづを きみとのまゝし かのいづみ かのわかみづと みをなして はるのこゝろに わきいでん かのわかみづと みをなして きみとながれん 花のかげ 目次に戻る

新暁

紅《くれなゐ》細くたなびけたる 雲とならばやあけぼのの 雲とならばや やみを出《い》でゝは光ある 空とならばやあけぼのゝ 空とならばや 春の光を彩《いろど》れる 水とならばやあけぼのゝ 水とならばや 鳩に履まれてやはらかき 草とならばやあけぼのゝ 草…

春の歌

たれかおもはん鶯《うぐいす》の 涙もこほる冬の日に 若き命は春の夜の 花にうつろふ夢の間《ま》と あゝよしさらば美酒《うまざけ》に うたひあかさん春の夜を 梅のにほひにめぐりあふ 春を思へばひとしれず からくれなゐのかほばせに 流れてあつきなみだか…

潮音

わきてながるゝ やほじほの そこにいざよふ うみの琴 しらべもふかし もゝかはの よろづのなみを よびあつめ ときみちくれば うらゝかに とほくきこゆる はるのしほのね 目次に戻る

草枕

夕波くらく啼《な》く千鳥 われは千鳥にあらねども 心の羽をうちふりて さみしきかたに飛べるかな 若き心の一筋に なぐさめもなくなげきわび 胸の氷のむすぼれて とけて涙となりにけり 蘆葉《あしは》を洗ふ白波の 流れて巌《いは》を出づるごと 思ひあまり…

明星

浮べる雲と身をなして あしたの空に出でざれば などしるらめや明星の 光の色のくれなゐを 朝の潮《うしほ》と身をなして 流れて海に出でざれば などしるらめや明星の 清《す》みて哀しききらめきを なにかこひしき暁星《あかぼし》の 空《むな》しき天《あま…

おきく

くろかみながく やはらかき をんなごゝろを たれかしる をとこのかたる ことのはを まことゝおもふ ことなかれ をとめごゝろの あさくのみ いひもつたふる をかしさや みだれてながき 鬢《びん》の毛を 黄楊《つげ》の小櫛《をぐし》に かきあげよ あゝ月《…

おつた

花仄《ほの》見ゆる春の夜の すがたに似たる吾命《わがいのち》 朧々《おぼろおぼろ》に父母《ちちはは》は 二つの影と消えうせて 世に孤児《みなしご》の吾身こそ 影より出でし影なれや たすけもあらぬ今は身は 若き聖《ひじり》に救はれて 人なつかしき前…

おくめ

こひしきまゝに家を出《い》で こゝの岸よりかの岸へ 越えましものと来て見れば 千鳥鳴くなり夕《ゆふ》まぐれ こひには親も捨てはてゝ やむよしもなき胸の火や 鬢《びん》の毛を吹く河風よ せめてあはれと思へかし 河波暗く瀬を早み 流れて巌《いは》に砕《…

おさよ

潮《うしほ》さみしき荒磯《あらいそ》の 巌陰《いはかげ》われは生れけり あしたゆふべの白駒《しろごま》と 故郷《ふるさと》遠きものおもひ をかしくものに狂へりと われをいふらし世のひとの げに狂はしの身なるべき この年までの処女《をとめ》とは う…

おきぬ

みそらをかける猛鷲《あらわし》の 人の処女《をとめ》の身に落ちて 花の姿に宿《やど》かれば 風雨《あらし》に渇《かわ》き雲に饑《う》ゑ 天翔《あまかけ》るべき術《すべ》をのみ 願ふ心のなかれとて 黒髪長き吾身こそ うまれながらの盲目《めしひ》なれ…

おえふ

処女《をとめ》ぞ経《へ》ぬるおほかたの われは夢路《ゆめぢ》を越えてけり わが世の坂にふりかへり いく山河《やまかは》をながむれば 水《みづ》静《しづ》かなる江戸川の ながれの岸にうまれいで 岸の桜の花影《はなかげ》に われは処女《をとめ》となり…

序文

こゝろなきうたのしらべは ひとふさのぶだうのごとし なさけあるてにもつまれて あたゝかきさけとなるらむ ぶだうだなふかくかゝれる むらさきのそれにあらねど こゝろあるひとのなさけに かげにおくふさのみつよつ そはうたのわかきゆゑなり あぢはひもいろ…

若菜集

目次 おえふ おきぬ おさよ おくめ おつた おきく 明星 草枕 潮音 春の歌 新暁 若水 春の歌 佐保姫 春の曲 酔歌 二つの声 白壁 四つの袖 暗香 蓮花舟 葡萄の樹のかげ 高楼 天馬 哀歌 母を葬るのうた 梭の音 かもめ 流星 夏の夜 昼の夢 東西南北 懐古 秋のう…