夏の街の恐怖

焼けつくやうな夏の日の下《もと》に
おびえてぎらつく軌条《レール》の心。
母親の居睡《いねむ》りの膝《ひざ》から辷《すべ》り下りて、
肥《ふと》つた三歳《みつつ》ばかりの男の児が
ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く。

八百屋の店には萎《な》えた野菜。
病院の窓の窓掛《カーテン》は垂《た》れて動かず。
閉《とざ》された幼稚園の鉄の門の下には
耳の長い白犬が寝そべり、
すベて、限りもない明るさの中に
どこともなく、芥子《けし》の花が死落《しにお》ち、
生木《なまき》の棺《くわん》に裂罅《ひび》の入る夏の空気のなやましさ。

病身の氷屋の女房が岡持《をかもち》を持ち、
骨折れた蝙蝠傘《かうもりがさ》をさしかけて門を出《いづ》れば、
横町の下宿から出て進み来る、
夏の恐怖に物言はぬ脚気《かつけ》患者の葬《はうむ》りの列。
それを見て辻の巡査は出かかった欠呻《あくび》噛《か》みしめ、
白犬は思ふさまのびをして、
塵溜《ごみため》の蔭に行く。

焼けつくやうな夏の日の下《もと》に
おびえてぎらつく軌条《レール》の心。
母親の居睡《いねむ》りの膝《ひざ》から辷《すべ》り下りて、
肥《ふと》つた三歳《みつつ》ばかりの男の児が
ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く。