2004-12-04から1日間の記事一覧

破れた腰掛

昼は落葉をのせ 夜は露をのせる 公園の片隅の破れた腰掛。 家出して行方のしれぬ我が父に 後姿のよく似た物乞《ものごひ》を町に見た時、 初めて私は此処《ここ》へ来た。

物なやみ

青草の茂みの中に 我一人身を横《よこた》へて、 鉄軌《レール》の路《みち》の彼方なる 真夏の城の銀《しろがね》の柵かと見ゆる 白樺の木立《こだち》を遠く眺めつつ、 眺め入りつつ、 ふと、八月のいと暗き物のなやみを、 捉へがたなく、言い難き物のなや…

夏の街の恐怖

焼けつくやうな夏の日の下《もと》に おびえてぎらつく軌条《レール》の心。 母親の居睡《いねむ》りの膝《ひざ》から辷《すべ》り下りて、 肥《ふと》つた三歳《みつつ》ばかりの男の児が ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く。 八百屋の店には萎《な》えた…

老《お》いたるも、或《ある》は、若きも、 幾十人、男女《をとこをみな》や、 東より、はたや、西より、 坂の上、坂の下より、 おのがじし、いと急《せは》しげに 此処《ここ》過ぐる。 今わが立つは、 海を見る広き巷《ちまた》の 四の辻。――四の角なる 家…

書斎の午後

われはこの国の女を好まず。 読みさしの舶来《はくらい》の本の 手ざはりあらき紙の上に、 あやまちて零《こぼ》したる葡萄酒《ぶだうしゆ》の なかなかに浸《し》みてゆかぬかなしみ。 われはこの国の女を好まず。

蟹に

潮《しほ》満ちくれば穴に入《い》り、 潮落ちゆけば這《は》ひ出《い》でて、 ひねもす横に歩むなる 東の海の砂浜の かしこき蟹《かに》よ、今此処《ここ》を、 運命《さだめ》の波にさらはれて、 心の龕《づし》の燈明《みあかし》の 汝《なれ》が眼よりも…