和賀仙人駅:北上市

和賀仙人


朝早い仕事のため、岩手県北上市へと前日から出かける。仙台の時点で曇り空だった天気は、北上の駅を降りる頃にはすっかり雨となっていた。地方線である2両編成の北上線に乗り換えてほっとゆだ駅で降り立ち、同僚とともにタクシーに乗り込み湯田薬師温泉へと向かう。
温泉は単純温泉でこれと言って特徴はない。また、日本酒と焼酎で飲みすぎたため、あまり宿のことは覚えていない。ぐったりと寝て朝起きると、はや雪模様である。しかも雪模様どころではない、しっかりと5cm以上積もっている。同僚の車のGTRに乗り込むが、スタッドレスタイヤを装着しいるとはいえ雪道には合わない車である。
調査の間も雪は降り積む。窓ガラスの大きい部屋で仕事をしていたのだが、次第に工場の建屋の壁も白く変わり、工業団地一帯が雪景色となった。窓の外への音も雪が掻き消していく。10cmは積もっている。帰れなくなっても困るので、早めに切り上げ北上線和賀仙人駅へと向かう。
だらだらと書いたが、ここまでは前置きである。和賀仙人駅は無人駅であり、小さい待合室に入れるのは6人ぐらいだろうか。無論暖房もないので寒さは外とあまり変わらないが、とりあえず風と雪はしのげる。外を覗くと道路を除雪する車が走っている。やはり雪深い地だけあって、準備は万端である。仙台にはそんな車は存在しないだろう。除雪の機械を持っている家など見たことが無い。
待合室でふと壁を見ると、2冊のノート掛けられていた。この駅のコメント帳である。ぴらぴらとめくってみると、ありがちな大きな文字の心無い落書きも多かったのだが、その中から一つの以下の様なコメントを見つけた。

幸せを探しています。


山のあなた

山のあなた*1の空遠く
「幸」住むと人のいう
噫、われひとと尋めゆきて*2
涙さしぐみ*3かえりきぬ*4
山のあなたになお遠く
「幸」住むと人のいう


幸せを探しに行きます。

この真ん中の詩は、上田敏 訳の、カール・ブッセの詩である。 意味を以前に読んだ本から引用する。「山の向こうに「幸福の村」があるというので尋ねて行ったが、どうしても見つからず、泣きながら帰ってきた。それでもなお、あの山の向こうには幸せな世界があると、人々は語り伝えるのだ。(参照 「ふと口ずさみたくなる日本の名詩」 郷原宏 著)」
私は、朝から本格的に降る雪を見て目覚め、工場の窓からシトシトと降り積む雪を、光できらきら輝く雪を見つめ、足跡の付いていない新雪の音を、音を鳴らしながら歩いた。しかし、今年は暖かい冬を過ごしていたため、寒さに耐え切れず頬は凍り、頭はぼっとしている。その中でふと手にとったノートにこの詩が書かれていたのである。何も無いこの無人駅で。
何か心にふれわたるモノを、東北を奥深く進んでいくこの列車の駅で(北上線はさらに山深い秋田県横手市へと進んでいく。横手は豪雪地帯である。)、山という人を外界から切り離す物と、その先の地へのあこがれ、そして旅をするその人の生き方に触れたような気がして、しばらくそのノートへととらわれた。幸せとはなんだろうか。幸せはどこにあるのだろうかと。
このような人がいるものなのかと思った私は、このコメントに対しての自分の感じた事を詩を引用して書き付けようと思い、雪景色のこの時この場所での心情として、高村光太郎さんの詩を引用しようと思った。「冬が来た」「道程」のどちらか、または両方である。山のあなたとは一線を隔す詩であるが、雪の季節ということを考えれば私にはこれが思い浮かんだ。しかし、いかんせん全文が正確にでてこない。
「冬が来た」の詩は、本格的な雪が降りいよいよ冬が到来する(私にとって冬とは雪が降ることだと感じている)、その人の生き方の厳しさと自然の厳しさが対応し、冬という季節の到来という喜びを感じさせる詩であり、「道程」の方は、道行くもの、自然を一人行くもの、求めて行くもの、旅するものに対して贈りたい、果てしなき人生を行く道の詩である。
結局ノートには何も書かず、雪の中を走り来る北上線に乗り込み、雪の町を後にした。ちなみに、自分が北上で作った詩は、和賀仙人駅に着く前、仕事中に雪に感じ入り、昼休みに書き付けたものである(「冬の王者」)。これを書こうかとも思ったが、推敲を経ていない物だったのでこれもやめた。面目ない次第である。そして帰ってきてから、この出来事を思い出して書いたのが「幸を探しませう」の詩です。
その他、時間ができれば出かけようと思っている施設が、北上市にはある。なぜ北上市にあるのか不思議だが、「日本現代詩歌文学館」*5や、「サトウハチロー 記念館」*6、「利根山光人記念美術館」*7、「鬼の館」*8などである。ぜひ、2泊3日ぐらいでじっくり出かけてみたい。

*1:彼方、向こう

*2:探しに行って

*3:涙ぐんで

*4:帰ってきた

*5:明治以降の詩・短歌・俳句・川柳などを、全国規模で総合的に収集・保存・研究をしている日本唯一の詩歌専門の文学館

*6:「うれしいひなまつり」の歌の作者として知られ、童謡集「叱られ坊主」で文部大臣賞を受賞した詩人・小説家の記念館

*7:メキシコを題材とした情熱的な作品を数多く残す画家。晩年、北上にアトリエを構え、鹿踊りや鬼剣舞の躍動感あふれる絵画を発表。

*8:民俗芸能「鬼剣舞」の発祥の地に、「鬼」をめぐる様々なことがらを集め、調べ、学びあう場として開設されたテーマ博物館