不老不死温泉:深浦町

目的の艫作駅に着く(「へなし」と読みます)、おそらく初めての人は誰も読めないでしょう。ここに、青森県、いや東北を代表する一つの温泉がある、その名は不老不死温泉。以前に書きましたが、露天風呂の前に、海が目の前まで迫り、大きな夕日が涙を流して沈んでいく、そして打ち付ける波しぶきは時には人にまでかかる有様であるという。今回の旅は、大曲と秋田での宿代をケチって、ここに一点集中している。
露天の風呂に入ると、空は躁鬱の青で、もはや日はなく、雪を振り終えた雲がどんよりとさまよい恐ろしい。その空を、高原の草を行く風の様に、灯台の光が空をなびかせて走っていく。湯の吹き出し口からは、海のうねりに合わせてか、朝の凍った水道管から水の出る様な音をさせながら、湯をかけ流しで注いでいる。海からの音も荒く、波がバシャバシャと打ちつける。波がかかるか、と言いたい所だが、波打ち際の露天風呂には入っていない。波打ち際の露天には電球がないため、日が暮れてからは入ることが出来ないそうである。海に沈む夕日には間に合わなかったなと思い、では海から昇る朝日はどうかと、フロントのお姉さんに日の出の時間を聞いてみたが、7時ぐらいには明るくなるので入れるようになりますと言われる。う、そうだ、海に沈んだということは、海からではなく逆の山から日が昇るということだ。振り子の様に太陽は動いていない、地球は丸く回転しているのである。
さて泉質をここら辺で。湯はナトリウム塩化強塩泉、色は黄金色、周りの石のタイルは茶色に変色している。嗅ぐと鉄の匂いがする、おそらく含鉄泉なのであろう。そしてなめると、海の近くということで非常にしょっぱい。しょっぱい風呂は、海沿いの風呂ならありがひであるが、含鉄泉との組み合わせは初めてである。最近はにせ温泉問題があり、温泉には厳しい眼が向けられている。15度以上なら一様温泉らしく沸かしてある湯も多いが、ここは逆に熱いらしく、水を足して温度調整をしているようである。
部屋に戻り、和室の部屋で足を伸ばす。一人だが、十畳の畳と二畳の椅子のスペースがあり広々としている。浴衣もビジネスホテルのものとは違い、少し洒落ている。もって帰りたいがそういう事をしていけない。今回は温泉旅館ということで食事をつけている。いつもは温泉宿でも食事は別にして、外に食べに行く、又はカップラーメンを食べるなどして節約しているのだ。そういうプランがないのと、せっかく有名な所に泊まるのだから贅沢しようということで、料理を楽しむ。
出てきたものを見ると驚きである。オカズの品数で言えば、一週間食べていけそうな量だ。さてメニューを紹介しよう。お刺身、海老フリャー、一人用のハタハタ鍋、魚のフライ、サザエ(大)、粒貝、タラ菊、海草ソーメン、茶碗蒸しなどである。どれもおいしそうなので、出来れば一日ずつばらばらに食べたい程だ。貧しい期間が長いせいか、楽しみは少しずつ長い期間と思うように人間が出来ている。しかし、持ち帰るわけにもいかないので一度に食べることにする。
また、お酒が入ると食べられなくなるので、この段階では飲まない。店員さんに聞くとご飯のお代わりはOKとのこと。おなかが減っているので、刺身に醤油をつけ一杯目のご飯を平らげる。近くに釜が見えるので自分で盛りに行ったが、普通そういうのは店員さんがやってくれるらしく、仕事を取ってしまったようである。ご飯を置いて次に何を食べようかと見回すが、どうもこの量を食べるのは容易ではないような気がしてきた。いつもは、おかず少々ご飯いっぱいの生活なので、ご飯がないとおかずも進まないのだが、今回はおかずに専念する。
次は、最近食べてない、サザエに進む。サザエの蓋を取り、中身へとしゃぶりつくが異様に大きい。以前に食べたのは、男鹿半島の露天で買った時のを焼いたのだが、サイズが違う。食べていくと、渦に巻かれている奥のほうにも身があるのだが、何かここまで大きいと気持ち悪いので、面目ないが食べないことした。お次はこの季節の旬であるハタハタへと進む。鱗がなく骨の小さな魚なのだが、食べてみると、とりわけ味や舌触りに特徴があるわけではなく個人的にはいまいちな気がする。ただ、魚からでた出汁は美味しく、飲ませていただいた。
まあ、その後もがんばって色々食べてみたが、結局茶碗蒸しと海草ソーメンは半分ぐらいで断念してしまった。この宿には以前に上司が泊まり、そのときの話を聞いたのだが、さらにアワビを別に頼んで、美味しく食べたと言っていた。酒も飲んだと言っていたし、色々残したんではないだろうか、うらめしい。その後私は食いすぎで、お腹が苦しくなって布団の上に寝ているのである。おそらく、無理してでも食べようとするのは、子供の頃に給食を残すと怒られたからだろう。今の生徒はそういうことがないらしいが、どうして変わったのか? 寝る前にもう一度風呂に入ろうとしたのだが、これでは動けない。諦めて明日の朝に備えることにする。ただし、フロントで買っておいた地酒のワンカップだけは飲むことにした。この旅初めての酒である。
朝一番に目覚めたと言いたいところだが、目覚ましをセットし忘れていたため、早8時前である。浴衣のままタオルを持って、海岸へと向かう。宿の裏から外に出てサンダルに履き替え、雪が薄く残る砂浜へと50mぐらい歩いていく。波は昨日に比べて穏やかになっただろうか、空には晴れ間も見受けられる。岩で囲って湯が引かれた海辺の風呂へと入る。ここは、混浴と女性用に分かれている。

こちらの湯の色はホテルの露天と違い、すっかり茶色い。匂いも少し濃いようだ。日本海の波が目の前にと見える。引き潮なのか、さすがに中には入ってこない。先ほど波が穏やかといったが、水平のラインから見るとさすがに荒々しくて、崩れる前の波の躍動が打ちつける音とあいまってすごさを増している。まるで津波を見ているようである。ここで注意しておこう。体を流さないと、鉄サビの匂いが付いてかなり嫌な感じになる。私は流したつもりだったが、翌日手からサビの匂いがした。
さて、次は鰺ヶ沢へと向かう。そこは、太宰治の小説「津軽」において記述がある地域である。