懐古

天《あま》の河原《かはら》にやほよろづ
ちよろづ神のかんつどひ
つどひいませしあめつちの
始《はじめ》のときを誰《たれ》か知る

それ大神《おほがみ》の天雲《あまぐも》の
八重かきわけて行くごとく
野の鳥ぞ啼《な》く東路《あづまぢ》の
碓氷《うすひ》の山にのぼりゆき

日は照らせども影ぞなき
吾妻《あがつま》はやとこひなきて
熱き涙をそゝぎてし
尊《みこと》の夢は跡も無し

大和《やまと》の国の高市《たかいち》の
雷山《いかづちやま》に御幸《みゆき》して
天雲《あまぐも》のへにいほりせる
御輦《くるま》のひゞき今いづこ

目をめぐらせばさゞ波や
志賀の都は荒れにしと
むかしを思ふ歌人《うたびと》の
澄める怨《うらみ》をなにかせん

春は霞《かす》める高台《たかどの》に
のぼりて見ればけぶり立つ
民のかまどのながめさへ
消えてあとなき雲に入る

冬はしぐるゝ九重の
大宮内のともしびや
さむさは雪に凍る夜の
竜《たつ》のころもはいろもなし

むかしは遠き船いくさ
人の血汐の流るとも
今はむなしきわだつみの
まんまんとしてきはみなし

むかしはひろき関が原
つるぎに夢を争へど
今は寂しき草のみぞ
ばうばうとしてはてもなき

われ今《いま》秋の野にいでゝ
奥山《おくやま》高くのぼり行き
都のかたを眺むれば
あゝあゝ熱きなみだかな

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