亡友反古帖*4

 春駒(断篇)

  第一 門出

北風に窓閉されて朝夕の
 伴《とも》となるもの書《ふみ》と炉火《いろり》、
軒下の垂氷《つらゝ》と共に心《むね》凍り、
 眺めて学ぶ雪達磨、
   けふまでこそは梅桜、
   霜の悩みに黙しけれ。

霜柱きのふ解けたる其儘《そのまま》に
 朝風ぬるしけふ夜明け、
書《ふみ》の窓うぐひすの音《ね》に開かれて、
 顔さし出せば梅の香や、
   南か北か花見えず
   いづこの杜に風の宿

耳澄まし暫く聞けば鶯《とり》の音は
 「春」てふものをおとづれぬ。
   *  *  *  *
書《ふみ》とぢよ、筆惜けかしといざなふは
 いづこに我をさそふらん。
   冬に慣れにし気は結び、
   杖ひき出づる力なし。

     (この間みえず)
ひとむち当てゝ急がなん。
  花ある方よ、わが行くは、
  ゆうべの夢の後恋し。

  第二 霞の中

来《こ》し道は細川までに限りにて
 霞に迷ひうせにけり、
春の駒ひとこゑ高く嘶《いなゝ》けば、
 吾が身もやがて烟《けむ》の中、
   恋にむせびてうなだるゝ、
   招きひ花はいづこぞや。

夢にまでうつりし花の面影を
 訪ね来て見れば跡もなし、
深山路《みやまぢ》の人家《ひとや》もあらず声もせぬ、
 広野の中にわれひとり、
   かこつ泪や水の音、
   花ある方へそゝげかし。

おりたちて清水飲まする駒の背を
 撫でさすりつゝ叉一卜鞭、
勇めどもいづれをあてとしらま弓、
 思ひ乱れて見る梢に、
  鳥の鳴く音ぞかしましき。

立ち籠むる霞の彼方に駆入けば
 小高き山に岩とがり、
枯枝は去歳《こぞ》の風に吹き折られ、
 其まゝ元梢《もとえ》に垂れかゝる、
  さびしさ凄し、たれやたれ、
  われを欺き、春告げし。

駒かへしこなたの森の下道を、
  急ぎ降《くだ》れば春雨の、
降りいでゝしよばぬるゝわが足元を、
  かすかにはたく羽の音、
   かなたへ隠れて間もあらず、
   鳴く声きけば雉子《きゞす》なり。

   月前の柳
まねく手はほそくたゆめど空とほく
    なびかぬ月のうらめしきかな

   花聞蝶
こゝろありやなしやはしらず花のうちに
    うさをはなれぬ蝶ぞゆかしき

   雨後の後
雨すぎてうらめしげなる花のおも
    ちるまで友とちぎらざりしに

   逸題
あさしとなちぎりとがめそうきよには
    はなれがたきもはなれやすきを

   史
ふみわくるみちのおくこそいづこなれ
    まよへとはたがをしへそめけん

   発句
行くへさへ音もきかせぬ岸の水

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