白磁花瓶賦

みしやみぎはの白あやめ
はなよりしろき花瓶《はながめ》を
いかなるひとのたくみより
うまれいでしとしるやきみ

瓶《かめ》のすがたのやさしきは
根ざしも清き泉より
にほひいでたるしろたへの
こゝろのはなと君やみん

さばかり清きたくみぞと
いひたまふこそうれしけれ
うらみわびつるわが友の
うきなみだよりいでこしを

ゆめにたはふれ夢に酔ひ
さむるときなきわが友の
名残は白き花瓶《はながめ》に
あつきなみだののこるかな

にごりをいでゝさくはなに
にほひありとなあやしみそ
光《ひかり》は高き花瓶《はながめ》に
恋の嫉妬《ねたみ》もあるものを

命運《さだめ》をよそにかげろふの
きゆるためしぞなきといへ
あまりに薄き縁《えにし》こそ
友のこのよのいのちなれ

やがてさかえんゆくすゑの
ひかりも待たで夏の夜の
短かき夢は燭火《ともしび》の
花と散りゆきはかなさや

つゆもまだひぬみどりばの
しげきこずゑのしたかげに
ほとゝぎすなく夏のひの
もろ葉がくれの青梅《あをうめ》も

夏の光のかゞやきて
さつきの雨のはれわたり
黄金《こがね》いろづく梅が枝《え》に
たのしきときやあるべきを

胸の青葉のうらわかみ
朝露《あさつゆ》しげきこずゑより
落ちてくやしき青梅《あをうめ》の
実《み》のひとつなる花瓶《はながめ》よ

いのちは薄き蝉の羽の
ひとへごろものうらもなく
はじめて友の恋歌《こひうた》を
花影《はなかげ》にきてうたふとき

緑のいろの夏草の
あしたの露にぬるゝごと
深くすゞしきまなこには
恋の雫のうるほひき

影を映《うつ》してさく花の
流るゝ水を慕ふごと
なさけをふくむ口脣に
からくれなゐの色を見き

をとめごゝろを真珠《しらたま》の
蔵《くら》とは友の見てしかど
宝《たから》の胸をひらくべき
恋の鍵《かぎ》だになかりしか

いとけなきかなひとのよに
智恵ありがほの恋なれど
をとめごゝろのはかなさは
友の得しらぬ外なりき

あひみてのちはとこしへの
わかれとなりし世のなごり
かなしきゆめと思ひしを
われや忘れじ夏の夜半《よは》

月はいでけり夏の夜の
青葉の蔭にさし添ひて
あふげば胸に忍び入る
ひかりのいろのさやけさや

ゆめにゆめ見るこゝちして
ふたりの膝をうち照らす
月の光にさそはれつ
しづかに友のうたふうた

  たれにかたらむ
  わがこゝろ
  たれにかつげむ
  このおもひ

  わかきいのちの
  あさぼらけ
  こゝろのはるの
  たのしみよ

  などいたましき
  かなしみの
  ゆめとはかはり
  はてつらむ

  こひはにほへる
  むらさきの
  さきてちりぬる
  はななるを

  あゝかひなしや
  そのはなの
  ゆかしかるべき
  かをかげば

  わがくれなゐの
  かほばせに
  とゞめもあへぬ
  なみだかな

  くさふみわくる
  こひつじよ
  なれものずゑに
  まよふみか

  さまよひやすき
  たびゞとよ
  なあやまりそ
  ゆくみちを

竜《たつ》を刻みし宮柱《みやはしら》
ふとき心はありながら
薄き命のはたとせの
名残は白き瓶《かめ》ひとつ

たをらるべきをいのちにて
はなさくとにはあらねども
朝露《あさつゆ》おもきひとえだに
うれひをふくむ花瓶《はながめ》や

あゝあゝ清き白雪《しらゆき》は
つもりもあへず消ゆるごと
なつかしかりし友の身は
われをのこしてうせにけり

せめては白き花瓶《はながめ》よ
消えにしあとの野の花の
色にもいでよわが友の
いのちの春の雪の名殘を

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