この小冊子は過ぐる五とせの間、目に見、耳に聴き、心に浮びたることゞもを記しつけたるふみのうちより、とり集めたるものなれば、吾が幼稚なる生涯の旅日記ともいふべきなり。都を離れて遠く山水の間にあそび、さみしき燈火の影にものしたる紀行あり、また新しき友に逢ひて感来り興発するがままに書きちらしたる一夕の饒舌あり。されば痴態必ずしも覆はず、性癖必ずしも隠さず。かの頑是なき小児が一葉の舟を水の流れに浮べて、遊び戯るゝに等しければ、とりてこのふみに名くることゝはなしぬ。

                     藤村

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