響りんりん音りんりん

響《ひびき》りんりん音《おと》りんりん
うちふりうちふる鈴高く
馬は蹄《ひづめ》をふみしめて
故郷の山を出づるとき
その黒毛なす鬣《たてがみ》は
冷《すゞ》しき風に吹き乱れ
その紫の両眼《りやうぐわん》は
青雲遠く望むかな

枝の緑に袖《そで》触れつ
あやしき鞍《くら》に跨《またが》りて
馬上に歌ふ一ふしは
げにや遊子《いうし》の旅の情

あゝをさなくて国を出《い》で
東の磯辺《いそべ》西の浜
さても繋がぬ舟のごと
夢長きこと二十年
たまたまことし帰りきて
昔懐《おも》へばふるさとや
蔭を岡辺《おかべ》に尋ぬれば
松柏《しやうはく》すでに折れ碎け
径《みち》を川辺にもとむれば
野草は深く荒れにけり
菊は心を驚かし
蘭は思を傷ましむ
高きに登り草を藉き
惆悵として眺むれば
檜原《ひばら》に迷ふ雲落ちて
涙流れてかぎりなし

去《い》ね去ねかゝる古里《ふるさと》は
ふたゝび言ふに足らじかし
あゝよしさらばけふよりは
日行き風吹き彩雲《あやぐも》の
あやにたなびくかなたをも
白波高く八百潮《やほじほ》の
湧き立ちさわぐかなたをも
かしこの岡もこの山も
いづれ心の宿とせば
しげれる谷の野葡萄に
秋のみのりはとるがまゝ
深き林の黄葉《もみぢば》に
秋の光は履《ふ》むがまゝ

響りんりん音りんりん
うちふりうちふる鈴高く
馬は首《かうべ》をめぐらして
雲に嘶《いなゝ》きいさむとき
かへりみすれば古里《ふるさと》の
檜原《ひばら》は目にも見えにけるかな

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