問答の歌

   (少年のためにとてよめるうた二首)

   其 一

梅は酸《す》くして梅の樹の
葉かげに青き玉をなし
柿甘くして柿の樹の
梢に高くかゝれるを
君は酸からず甘からず
辛きはいかに唐《とう》がらし

こたへていはく吾とても
柿の甘さを知れるなり
梅の酸きをも知れるなり
たゞいかにせむ他《ひと》の上
吾が拙《つた》なきものなれば
生まれながらに辛《から》きなり

二つの味を一つの身に
兼ねべき世とも見えざれば
のたまふ酸《す》きと甘きとは
梅と柿とに任せおき
吾は一つを楽しみて
せめて辛きを守り頼まん

   其 二

昔、昔、駒鳥の
籠の中より言ひけるは
鳥、鳥、飛ぶ鳥
吾窓ちかく来《きた》れかし

樹枝《こえだ》は君の枕かな
青葉は君の衾かな
行くも帰るも思うまゝ
君が身こそは恋しけれ

われは深山を想ひいで
籠に涙をそゝぐ身ぞ
小暗き窓に眺め倚り
風と雲とを慕《した》ふのみ

籠の外なる鳥鳴き
鳥答へて言いけるは
善く歌ふ人善く愁ふ
な哀しみそ駒鳥よ

君は寵児《まなご》と愛《め》でられて
今や栄華《さかえ》の籠の中
吾は寂《さび》しき樹《き》の蔭《かげ》に
独り友なき籠の外

清《すゞ》しき声のなかりせば
君は嘆《なげ》きも見ざらまし
甲斐なきものと思ひきや
吾身の幸《さち》を今ぞ知りぬる

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