序文

わが口唇は千曲川の蘆のごとし。その葉は風に鳴りそよぎてあやしきしらべに通ふめるごとく、わが口唇もまた震ひ動きて朝暮の思を伝ふるまでなり。かれをしらべといはんには、あまりにかすかなり、これを歌といはんには、あまりにつたなくをさなきものなり。
落梅は胡笳の歌にして羌笛の韻なり。張騫が西域よりして摩訶兜勒の一曲を得たるや、李延年さらに新声二十四解を造りき。横笛十五曲のうち落梅花とあるはこの調なりといへり。われ信濃なる山家に草枕ひき重ねて、こゝに早や二とせ、客心慰めかねし折々書き綴りなとしけるをとりあつめて落梅集といふは、浅間山のふもとなる鄙のしらべといふこゝろを名け、また一つには千曲川に散り浮く梅の花の水は流れて香は僅に残りたる旅の思を尽さんとてなり。