啄木

上田 敏 

婆羅門《ばらもん》の作れる小田《をだ》を食《は》む鴉、
なく音《ね》の、耳に慣れたるか、
おほをそ鳥《どり》の名にし負ふ
いつはり声《ごゑ》のだみ声《ごゑ》を
又なき歌とほめそやす
木兎《つく》、梟《ふくろう》や、椋鳥《むくどり》の
ともばやしこそ笑止《せうし》なれ。
聞《き》かずや、春《はる》の山行《やまぶみ》に
林《はやし》の奧《おく》ゆ、伐木《ばつぼく》の
丁々《たうたう》として、山更《やまさら》に
なほも幽《いう》なる山彦《やまびこ》を。
こはそも仙家《せんか》の斧《をの》の音《ね》か、
よし足引《あしびき》の山姥《やまうば》が
めぐりめぐれる山めぐり、
輪廻《りんゑ》の業《ごふ》の音《おと》づれか、

いなとよ、ただの鳥《とり》なれど、
赤染《あかぞめ》いろのはねばうし、
黒斑《くろふ》、白斑《しらふ》のあや模様《もやう》、
紅梅《こうばい》、朽葉《くちば》の色許《いろゆ》りて、
なに思《おも》ふらむ、きつつきの
つくづくわたる歌《うた》の枝《えだ》。

げに虚《うつろ》なる朽木《きうぼく》の
幹《みき》にひそめるけら虫《むし》は
風雅《ふうが》の森《もり》のそこなひぞ、
鉤《か》けて食《くら》ひね、てらつつき。
また人《ひと》の世《よ》の道《みち》なかば
闇路《やみぢ》の林《はやし》ゆきまよふ
誠《まこと》の人《ひと》を導《みちび》きて
歓楽山《くわんらくざん》にしるべせよ。
噫《あゝ》、あこがれの其歌《そのうた》よ、
そぞろぎわたり、胸《むね》に泌《し》み、
さもこそ似《に》たれ、陸奥《みちのく》の
卒都《そと》の浜辺《はまべ》の呼子《よぶこ》どり
なくなる声《こゑ》は、善知鳥《うとう》、安潟《やすかた》。

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