2006-10-07から1日間の記事一覧

五月姫

夢の谷、 新影《にひかげ》あまき 五月《さつき》そよ風匂ひたる にほひ紫《むらさき》吹く桐《きり》の 夢の谷、 青草眠る みどり小牀《をどこ》に五月姫、 白昼《まひる》うるほふ愛の夢。 まぼろしの 姫がおもわは ハイアシンスの滴露《しただり》の 黄金…

しらべの海

(上野女史に捧げたる) 淡紅《とき》染《ぞ》め卯月《うつき》の日に酔ふ香樺《にほひかば》の 律調《しらべ》のあけぼの漸やく春ぞ老いて、 歌声《うたごゑ》うるむや、柔音《やはね》の海に深く 古世《ふるよ》の思をうかべぬ。──ああほのぼの、 ゆらめく…

夢の花

まぼろし縫《ぬ》へる 白衣《びやくい》透《す》き、ほのぼのと 愛にうるほふ、それや白百合、 青緑《みどり》摺《す》りたる 弱肩《よはがた》の羅綾《うすもの》は 夢の焔の水無月《みなづき》日射《ひざし》、 揺れて覚《さ》めにき和風《やはかぜ》に、 …

黄金幻境

生命《いのち》の源《みなもと》封じて天《あめ》の緑《みどり》 光と燃え立つ匂ひの霊の門《と》かも。── 霊の門《と》、げにそよ、ああこの若睛眸《わかまなざし》、 強き火、生火《いくひ》に威力《ちから》の倦弛《ゆるみ》織《を》りて 八千網《やちあ…

塔影

眠りの大戸《おほど》に秋の日暫し凭《よ》りて 見かへる此方《こなた》に、淋しき夕の光、 劫風《ごふふう》千古《せんこ》の文《ふみ》をぞ草に染めて 金字《きんじ》の塔影《とふえい》丘辺《をかべ》に長う投げぬ。 紅爛《かうらん》朽ち果て、飛竜《ひ…

夜の鐘

鐘鳴る、鐘鳴る、たとへば灘《なだ》の潮《しほ》の 雷音《らいおん》落ちては新たに高む如く、 (荘厳《おごそか》なるかな、『秘密』の清き矜《ほこ》り、) 雲路《うんろ》にみなぎり、地心《ちしん》の暗にどよみ、 月影《つきかげ》朧《おぼ》ろに、霧…

暮鐘

聖徒《せいと》の名を彫《ゑ》る伽藍《がらん》の壁に泌《し》みて 『永遠《とは》なる都《みやこ》』の滅亡《ほろび》を宣《の》りし夕、 はたかの法輪《ほうりん》無碍《むがい》の声をあげて 夢呼《よ》ぶ宝樹の林園《りんえん》揺《ゆ》れる時よ、 何ら…

暁鐘

蓮座《れんざ》の雲渦《くもうづ》光の門《かど》に靉《ひ》くや、 万朶《ばんだ》の葩《はなびら》黎明《あさけ》の笑《ゑみ》にゆらぎ、 くれなゐ波なす桜の瑞花蔭《みづはなかげ》、 下枝《しづえ》の夢吹く黄金の風に乗りて ひびくよ、暁鐘《げふしやう…

山彦

花草《はなぐさ》啣《ふく》みて五月《さつき》の杜《もり》の木蔭《こかげ》 囀《てん》ずる小鳥に和《あは》せて歌ひ居れば、 伴奏《ともない》仄《ほの》かに、夕野の陽炎《かげろふ》なし、 『夢なる谷』より山彦《やまひこ》ただよひ来る。── 春日《は…

落瓦の賦

(幾年の前なりけむ、猶杜陵の学舎にありし頃、秋 のひと日友と城外北邱のほとりに名たゝる古刹を訪 ひて、菩提老樹の風に嘯《うそぶ》ぶく所、琴者胡弓を按じて 沈思頗《すこぶ》る興に入れるを見たる事あり。年進み時流れ て、今寒寺寂心の身、一夕銅鉦の…

鶴飼橋に立ちて

(橋はわがふる里渋民の村、北上の流に架したる吊 橋なり。岩手山の眺望を以て郷人賞し措かず。春暁 夏暮いつをいつとも別ち難き趣あれど、我は殊更に 月ある夜を好み、友を訪ふてのかへるさなど、幾度 かこゝに低回微吟の興を擅《ほしいまま》にしけむ。) …

梭の音の捲(政子の歌)

さにずらひ機《はた》ながせる雲《くも》の影も 夕暗にかくれ行きぬ。わがのぞみも 深黒《ふかくろ》み波しづまる淵《ふち》の底に 泥《ひぢ》の如また浮きこずほろび行きぬ。 涙川つきざる水澄《す》みわしれど、 往きにしは世のとこしへ手にかへらず。 人…

のろひ矢の捲(長の子の歌)

わが恋は、波路《なみぢ》遠く丹曽保船《にそぼふね》の みやこ路《ぢ》にかへり行くを送る旅人《たび》が 袖かみて荒磯浦《ありそうら》に泣《なげ》きまろぶ 夕ざれの深息《ふかいき》にしたぐへむかも。 夢の如《ごと》影消《かげき》えては胸しなえて、 …

にしき木の捲

槇原《まきばら》に夕草床布《ゆふぐさどこし》きまろびて 淡日《あわひ》影《かげ》旅の額《ぬか》にさしくる丘、 千秋古《ちあきふ》る吐息なしてい湧く風に ましら雲遠《とほ》つ昔《かみ》の夢とうかび、 彩もなき細布《ほそぬの》ひく天《あめ》の極み…

錦木塚

(昔みちのくの鹿角《かづの》の郡に女ありけり。よしある家の流れなればか、かかる辺《へ》つ国はもとより、都にもあるまじき程の優れたる姿なりけり。日毎に細布織る梭の音にもまさりて政子となむ云ふなる其名のをちこちに高かりけり。隣の村長が子いつし…

孤境

老樫《おいかし》の枯樹《かれき》によりて 墓碑《はかいし》の丘辺《をかべ》に立てば、 人の声遠くはなれて、 夕暗に我が世は浮ぶ。 想ひの羽《は》いとすこやかに おほ天《あめ》の光を追へば、 新たなる生花被衣《いくはなかづき》 おのづから胸をつつみ…

いのちの舟

大海中《おほわだなか》の詩《し》の真珠《しんじゆ》 浮藻《うきも》の底にさぐらむと、 風信草《ふうしんさう》の花かほる 我家《わきへ》の岸をとめて漕ぐ 海幸舟《うみさちぶね》の真帆の如、 いのちの小舟《をぶね》かろやかに、 愛の帆章《ほじるし》…

おもひ出

翼酢色《はねすいろ》水面《みのも》に褪《あ》する 夕雲と沈みもはてし よろこびぞ、春の青海、 真白帆《ましらほ》に大日《おほひ》射《さ》す如、 あざやかに、つばらつばらに、 涙なすおもひにつれて うかびくる胸のぞめきや。 ひとたびは、夏の林に 吹…

森の追懐

落ち行く夏の日緑の葉かげ洩《も》れて 森路《もりぢ》に布《し》きたる村濃《むらご》の染分衣《そめわけぎぬ》、 涼風《すゞかぜ》わたれば夢ともゆらぐ波を 胸這《は》うおもひの影かと眺め入りて、 静夜《しづかよ》光明《ひかり》を恋ふ子が清歓《よろ…

夕の海

汝《な》が胸ふかくもこもれる秘密ありて、 常劫《じやうごふ》夜をなす底なる泥岩影《ひぢいはかげ》、 黒蛇《くろへみ》ねむれる鱗《うろこ》の薄青透《ほのあをす》き、 無限の寂寞《じやくまく》墓原領《はかはらりやう》ずと云ふ。 さはこの夕和《ゆふ…

荒磯

行きかへり砂這《は》ふ波の ほの白きけはひ追ひつゝ、 日は落ちて、暗湧き寄する あら磯の枯藻《かれも》を踏めば、 (あめつちの愁《うれ》ひか、あらぬ、) 雲の裾ながうなびきて、 老松《おいまつ》の古葉音《ふるばね》もなく、 仰《あふ》ぎ見る幹《み…

海の怒り

一日《ひとひ》のつかれを眠りに葬《はふ》らむとて、 日の神天《あめ》より降《お》り立つ海中《うなか》の玉座《みざ》、 照り映《は》ふ黄金《こがね》の早くも沈み行けば、 さてこそ落ち来し黒影《くろかげ》、海を山を 領《りやう》ずる沈黙《しゞま》…

楽声

日暮《ひく》れて、楽堂《がくだう》萎《しほ》れし瓶の花の 香りに酔《ゑ》ひては集《つど》へる人の前に、 こは何、波渦《なみうづ》沈《しづ》める蒼《あを》き海《うみ》の 遠音《とほね》と浮き来て音色《ねいろ》ぞ流れわたる。── 霊の羽ゆたかに白鳩…

人に捧ぐ

君が瞳《め》ひとたび胸なる秘鏡《ひめかゞみ》の ねむれる曇りを射《ゐ》しより、醒《さ》め出でたる、 瑠璃羽《るりば》や、我が魂《たま》、日を夜を羽搏《はう》ちやまで、 雲渦《くもうづ》ながるる天路《てんろ》の光をこそ 導《ひ》きたる幻《まぼろ…

隠沼

夕影《ゆふかげ》しづかに番《つがひ》の白鷺《しらさぎ》下《お》り、 槇《まき》の葉枯れたる樹下《こした》の隠沼《こもりぬ》にて、 あこがれ歌ふよ。──『その昔《かみ》、よろこび、そは 朝明《あさあけ》、光の揺籃《ゆりかご》に星と眠り、 悲しみ、…

啄木鳥

いにしへ聖者《せいじや》が雅典《アデン》の森に撞《つ》きし、 光ぞ絶えせぬ天生《てんせい》『愛』の火もて 鋳《ゐ》にたる巨鐘《おほがね》、無窮のその声をぞ 染めなす『緑《みどり》』よ、げにこそ霊の住家《すみか》。 聞け、今、巷《ちまた》に喘《…

白羽の鵠船

かの空みなぎる光の淵《ふち》を、魂《たま》の 白羽《しらは》の鵠船《とりぶね》しづかに、その青渦《あをうづ》 夢なる櫂《かひ》にて深うも漕《こ》ぎ入らばや。── と見れば、どよもす高潮《たかじほ》音匂ひて、 楽声《がくせい》さまよふうてなの靄《…

杜に立ちて

秋去り、秋来る時劫《じごふ》の刻《きざ》みうけて 五百秋《いほあき》朽《く》ちたる老杉《おいすぎ》、その真洞《まほら》に 黄金《こがね》の鼓《つゝみ》のたばしる音伝へて、 今日《けふ》また木の間を過ぐるか、こがらし姫。 運命《うんめい》せまく…

沈める鐘((序詩))

一 渾沌《こんどん》霧なす夢より、暗を地《つち》に、 光を天《あめ》にも劃《わか》ちしその曙、 五天の大御座《おおみざ》高うもかへらすとて、 七宝《しちほう》花咲く紫雲の『時』の輦《くるま》 瓔珞《えうらく》さゆらぐ軒より、生《せい》と法《のり…

啄木

上田 敏 婆羅門《ばらもん》の作れる小田《をだ》を食《は》む鴉、 なく音《ね》の、耳に慣れたるか、 おほをそ鳥《どり》の名にし負ふ いつはり声《ごゑ》のだみ声《ごゑ》を 又なき歌とほめそやす 木兎《つく》、梟《ふくろう》や、椋鳥《むくどり》の と…