人に捧ぐ

君が瞳《め》ひとたび胸なる秘鏡《ひめかゞみ》の
ねむれる曇りを射《ゐ》しより、醒《さ》め出でたる、
瑠璃羽《るりば》や、我が魂《たま》、日を夜を羽搏《はう》ちやまで、
雲渦《くもうづ》ながるる天路《てんろ》の光をこそ
導《ひ》きたる幻《まぼろし》眩《まばゆ》き愛の宮居《みやゐ》。
あこがれ浄きを花靄《はなもや》匂《にほ》ふと見て、
二人《ふたり》し抱《いだ》けば、地《ち》の事《こと》破壊《はゑ》のあとも
追《お》ひ来《こ》し理想の影ぞとほゝゑまるる。

こし方、運命《さだめ》の氷雨《ひさめ》を凌《しの》ぎかねて、
詩歌《しいか》の小笠《をがさ》に紅《あけ》の緒《を》むすびあへず、
愁《うれ》ひの谷《たに》をしたどりて足悩《あなゆ》みつれ、
峻《こゞ》しき生命《いのち》の坂路《さかぢ》も、君が愛の
炬火《たいまつ》心にたよれば、暗き空に
雲間《くも》も星行く如くぞ安らかなる。

(癸卯十一月十八日) 

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