隠沼

夕影《ゆふかげ》しづかに番《つがひ》の白鷺《しらさぎ》下《お》り、
槇《まき》の葉枯れたる樹下《こした》の隠沼《こもりぬ》にて、
あこがれ歌ふよ。──『その昔《かみ》、よろこび、そは
朝明《あさあけ》、光の揺籃《ゆりかご》に星と眠り、
悲しみ、汝《なれ》こそとこしへ此処《こゝ》に朽《く》ちて、
我が喰《は》み啣《ふく》める泥土《ひづち》と融《と》け沈みぬ』──
愛の羽《は》寄《よ》り添《そ》ひ、青瞳《せいどう》うるむ見れば、
築地《ついぢ》の草床《くさどこ》、涙を我も垂《た》れつ。

仰《あふ》げば、夕空さびしき星めざめて、
偲《しの》びの光の、彩《あや》なき夢の如く、
ほそ糸《いと》ほのかに水底《みぞこ》の鎖《くさり》ひける。
哀歓《あいくわん》かたみの輪廻《めぐり》は猶も堪えめ、
泥土《ひづち》に似《に》る身ぞ。ああさは我が隠沼《こもりぬ》、
かなしみ喰《は》み去る鳥《とり》さへえこそ来《こ》めや。

(癸卯十一月上旬) 

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