杜に立ちて

秋去り、秋来る時劫《じごふ》の刻《きざ》みうけて
五百秋《いほあき》朽《く》ちたる老杉《おいすぎ》、その真洞《まほら》に
黄金《こがね》の鼓《つゝみ》のたばしる音伝へて、
今日《けふ》また木の間を過ぐるか、こがらし姫。
運命《うんめい》せまくも悩みの黒霧《くろぎり》落ち
陰霊《ゐんりやう》いのちの痛みに唸《うめ》く如く、
梢《こずゑ》を揺《ゆ》りては遠《とほ》のき、また寄せくる
無間《むげん》の潮《うしほ》に漂ふ落葉の声。

ああ今、来りて抱けよ、恋知る人。
流転《るてん》の大浪《おほなみ》すぎ行く虚《うつろ》の路、
そよげる木《こ》の葉《は》ぞ幽《かす》かに落ちてむせぶ。──
驕楽《けふらく》かくこそ沈まめ。──見よ、緑《みどり》の
薫風《くんぷう》いづこへ吹きしか。胸燃えたる
束《つか》の間《ま》、げにこれたふとき愛の栄光《さかえ》。

(癸卯十一月上旬) 

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