夜の鐘

鐘鳴る、鐘鳴る、たとへば灘《なだ》の潮《しほ》の
雷音《らいおん》落ちては新たに高む如く、
(荘厳《おごそか》なるかな、『秘密』の清き矜《ほこ》り、)
雲路《うんろ》にみなぎり、地心《ちしん》の暗にどよみ、
月影《つきかげ》朧《おぼ》ろに、霧衣《きりぎぬ》白銀《しろがね》なし、
大夢《おほゆめ》罩《こ》めたる世界に漂ひ来て、
昼《ひる》なく、夜《よる》なく、過《す》ぎても猶過ぎざる
劫遠法土《ごふをんはふど》の暗示《さとし》を宣《の》りて渡る。

影なき光に無終《むしう》の路をひらく
『秘密』の叫びよ、満林《まんりん》夢にそよぐ
葉末《はずへ》の余響《なごり》よ、ああ鐘、天の声よ。
ともしび照らさぬ空廊《くうろう》夜半《よは》の窓に
天意《てんい》にまどひて、現世《このよ》の罪を泣けば、
たふとき汝《な》が音におのづと頭《こうべ》下《くだ》る。

(甲辰三月十七日夜) 

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