夕の海

汝《な》が胸ふかくもこもれる秘密ありて、
常劫《じやうごふ》夜をなす底なる泥岩影《ひぢいはかげ》、
黒蛇《くろへみ》ねむれる鱗《うろこ》の薄青透《ほのあをす》き、
無限の寂寞《じやくまく》墓原領《はかはらりやう》ずと云ふ。
さはこの夕和《ゆふなぎ》、何の意《い》、ああ海原。
遠波《とほなみ》ましら帆《ほ》入日の光うけて
華やかにもまたしづまる平和《やはらぎ》、げに
百合花《ゆりはな》添へ眠《ぬ》る少女《をとめ》の夢に似るよ。

白塗《しらぬり》かざれる墓《はか》には汚穢《けがれ》充《み》つと
神の子叫びし。外装《よそひ》ぞはかないかな
花夢《はなゆめ》きえては女《め》の胸罪の宿《やど》り、
夕和《ゆふなぎ》落ちては、見よ、海黒波《くろなみ》わく。
酔《よ》はむや、再び。平和《やはらぎ》、──妖《えう》の酒に
咲き浮く泡なる。沈黙《しゞま》の白墓《しらはか》なる。

(癸卯十二月五日夜) 

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