いのちの舟

大海中《おほわだなか》の詩《し》の真珠《しんじゆ》
浮藻《うきも》の底にさぐらむと、
風信草《ふうしんさう》の花かほる
我家《わきへ》の岸をとめて漕ぐ
海幸舟《うみさちぶね》の真帆の如、
いのちの小舟《をぶね》かろやかに、
愛の帆章《ほじるし》額《ぬか》に彫《ゑ》り、
鳴る青潮《あおじほ》に乗り出でぬ。

遠海面《とほうなづら》に陽炎《かげろう》の
夕彩《ゆふあや》はゆる夢の宮
夏花雲《なつばなぐも》と立つを見て、
そこに、秘《ひ》めたる天《あめ》の路《みち》
ひらきもやする門《かど》あると、
貢《みつぎ》する珠《たま》、歌《うた》の珠《たま》、
のせつつ行けば、波の穂と
よろこび深く胸を感《ゆ》る。

悲哀《かなしみ》の世の黒潮《くろじほ》に
はてなく浮ぶ椰子《やし》の実《み》の
むなしき殻《から》と人云《い》へど、
岸こそ知らね、死《し》の疾風《はやち》
い捲《ま》き起らぬうたの海、
光の窓に寄る神の
瑪瑙《めのう》の皿《さら》の覆《かへ》らざる
うまし小舟を我は漕ぐかな。

(甲辰一月十二日夜) 

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