孤境

老樫《おいかし》の枯樹《かれき》によりて
墓碑《はかいし》の丘辺《をかべ》に立てば、
人の声遠くはなれて、
夕暗に我が世は浮ぶ。
想ひの羽《は》いとすこやかに
おほ天《あめ》の光を追へば、
新たなる生花被衣《いくはなかづき》
おのづから胸をつつみぬ。

苔《こけ》の下《した》やすけくねむる
故人《ふるびと》のやはらぎの如、
わが世こそ霊《たま》の聖《せい》なる
白靄《しらもや》の花のあけぼの。

いたみなき香りを吸《す》へば、
つぶら胸光と透《す》きぬ。
花びらに袖のふるれば、
愛の歌かすかに鳴りぬ。

ああ地《つち》に夜《よる》の荒《すさ》みて
黒霧《くろぎり》の世を這ふ時し、
わが息《いき》は天《あめ》に通《かよ》ひて、
幻の影に酔ふかな。

(甲辰一月十二日夜) 

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