海の怒り

一日《ひとひ》のつかれを眠りに葬《はふ》らむとて、
日の神天《あめ》より降《お》り立つ海中《うなか》の玉座《みざ》、
照り映《は》ふ黄金《こがね》の早くも沈み行けば、
さてこそ落ち来し黒影《くろかげ》、海を山を
領《りやう》ずる沈黙《しゞま》に、こはまた、恐怖《おそれ》吹きて、
真暗《まやみ》にさめたる海神《わだつみ》いかる如く、
巌鳴り砕けて、地を噛《か》む叫号《さけび》の声、
矢潮《やじほ》をかまけて、狂瀾《きやうらん》陸《くが》を呪ふ。

寄するは夜の胞盾《たて》どる秘密の敵《てき》。──
堕落《おち》てはこの世に、暗なき遠き昔《かみ》の
信《まこと》のおとづれ囁《さゝ》やく波もあらで、
ああ人、眠れる汝等《なれら》の額《ぬか》に、罪の
記徴《しるし》を刻むと、かくこそ潮狂ふに、
月なき荒磯辺《ありそべ》、身ひとり怖れ惑ふ。

(癸卯十二月一日) 

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