2006-01-01から1ヶ月間の記事一覧

草の葉つぱの詩

晩秋の黄金色のひかりを浴びて 野獣の背の毛のやうに荒荒しく族生してゐる草の葉つぱ 一まいの草の葉つぱですら 人間などのもたない美しさをもつ その草の葉つぱの上を 素足ではしつて行つたものがある 素足でその上をはしつて行つたものに そよ風は何をささ…

秋のよろこびの詩

青竹が納屋の天井の梁にしばりつけられると 大きな摺臼は力強い手によつてひとりでに廻りはじめる ごろごろと その音はまるで海のやうだ 金の穀物は乱暴にもその摺臼に投げこまれて そこでなかのいい若衆《わかいしゆ》と娘つ子のひそひそばなしを聞かせられ…

人間の神

手に大鍬をつつぱつて ひろびろとした穀物畠の上をしみじみ眺めてゐる としよつた農夫の顔よ その顔の神神しさよ 農夫は世界のたましひである 農夫は人間の神である 黎明《よあけ》からのはげしい労働によつて 崖壁のやうな胸をながれる脂汗 その胸にたたへ…

愛の力

穀物に重い穂首をたれさせる愛のちからは大きい 赤赤しい秋の日 ひろびろとした穀物畠 ひろびろと としよつた農夫はそれに見惚れ 煙管の吸ひ殻をはたきながら いたづらな雀や鴉に何をかたつてゐるのか ゆたかに実のつた穀物は金の穂首をひくくたれて だまつ…

くるしみはうつくしい 人間の此の生きのくるしみ これは人間ばかりでない これが自然の深い大きな意志であるのか 深藍色にすつきりした空 秋の日のうすらさみしさ あちらこちらの畦畦にみすぼらしい彼等をみよ 女達と子ども等と その手をのがれて逃げまどふ…

自分はさみしく考へてゐる

ひとびとを喜ばすのは善いことである 自分をよろこばすのは更に善いことである ひとびとをよろこばすことは 或は出来るかも知れぬ 自分をよろこばすことは大切であるが容易でない 物といふあらゆる物の正しさ みなその位置を正しく占めてゐる秋の一日 すつき…

太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ

一日の終りのその束の間をいろどつてゆつたりと 太陽はいま蜀黍《とうもろこし》畑にはいつたところだ 大きなうねりを打つて いくへにもかさなりあつた丘の畑と畑とのかなたに 赤赤しい夕焼け空 枯草を山のやうに積んだ荷馬車がかたことと その下をいくつも…

故郷にかへつた時

これではない こんなものではない 自分が子どもでみた世界は 山山だつてこんなにみすぼらしく低くはなかつた 何もかもうつくしかつた 目次に戻る

握手

どうしたといふのだ そのみすぼらしいしほれやうは そのげつそりと痩せたところはまるで根のない草のやうだ おい兄弟 どうしたといふのだ 何はともあれ握手をもつてはじめることだ さあその手をだしたまへ しつかりと自分が握つてやる 大麦を刈りとつた畠に …

都会の詩

けむりの渦巻く 薄暮の都会 ぽつと花のやうに点じ 蔓《かずら》のやうな燈線のいたるところで 黄金色に匂ふ燭光のうつくしさよ 黄金色に匂ふ千万の燭光 みろ 都会はまるで昼のやうだ だいあもんどがなんだ るびいがなんだ 此の壮麗な都会の街街家家 ここに棲…

都会の詩

煤煙はうつくしい その煤煙で一ぱいになつた世界だ その中にある此の大都会 働く者のかほをみろ その手足をみろ 何といふ崇高《けだか》いことだ ああ煤煙 その中でうめく労働者の群 ふしぎなこともあればあるものだ これが新鮮で 而《しか》も立派にみえる…

汽車の詩

信号機《シグナル》ががかたりと下りた そこへ重重しい地響をたてて 大旋風のやうに堂々と突進してきた汽車 みろ 並行し交叉してゐる幾条のれーるのなかへ その中の一本の線をえらんで 飛びこんできた此の的確さ そしてぴたりとぷらつとほーむで正しくとまつ…

新聞紙の詩

けふ此頃の新聞紙をみろ 此の血みどろの活字をみろ 目をみひらいて読め これが世界の現象《ありさま》である これが今では人間の日日の生活となつたのだ これが人類の生活であるか これが人間の仕事であるか ああ惨酷に巣くはれた人間種族 何といふ怖しい時…

ひとりごと

一月中のはげしい労働によつて ぐつたりとつかれた体躯《からだ》 今朝《けさ》みると むくむくと肥え太り それがなみなみと力を漲《みなぎ》らしてゐる そしてあふれるばかりになつてゐる それは大きな水槽が綺麗な水を一ぱいたたへてゐるやうだ たらたらと…

此の世界のはじめもこんなであつたか

うすむらさきのもやのはれゆく 海をみろ 此のすきとほつた海の感覚 ああ此の黎明 この世界のはじめもこんなであつたか さざなみのうちよせるなぎさから ひろびろとした海にむかつて 一人のとしよつた漁夫がその掌をあはせてゐる 渚につけた干鳥のりあしあと…

秋ぐち

TO K.TOYAMA さみしい妻子をひきつれて 遥遥とともは此地を去る 渡り鳥よりいちはやく そして何処《どこ》へ行かうとするのか そのあしもとから曳《ひ》くたよりない陰影《かげ》 そのかげを風に揺らすな 秋ぐちのうみぎしに 錨はあかく錆びてゐる みあげる…

風は草木にささやいた(2)

目次*1 Ⅵ 秋ぐち 此の世界のはじめもこんなであつたか ひとりごと 新聞紙の詩 汽車の詩 都会の詩 都会の詩 握手 故郷にかへつた時 太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ Ⅶ 自分はさみしく考へてゐる 蝗 愛の力 人間の神 秋のよろこびの詩 草の葉つぱの詩 或る…

先駆者の詩

此の道をゆけ 此のおそろしい嵐の道を はしれ 大きな力をふかぶかと 彼方《かなた》に感じ 彼方をめがけ わき目もふらず ふりかへらず 邪魔するものは家でも木でもけちらして あらしのやうに そのあとのことなど問ふな 勇敢であれ それでいい 目次に戻る

大きな腕の詩

どこかに大きな腕がある 自分はそれを感じる 自分はそれが何処にあるか知らない それに就ては何も知らない 而《しか》もこれは何といふ力強さか その腕をおもへ その腕をおもへば どんな時でも何処からともなく此のみうちに湧いてくる大きな力 ぐたぐたにな…

溺死者の妻におくる詩

おんみのかなしみは大きい 女よ おんみは霊魂《たましい》を奪ひ去られた人間 おんみの生《ライフ》は新しく今日からはじまる その行末は海のやうだ そしてさみしい影を引くおんみ けふもけふとて人人はそれを見たと言ふ 何んにも知らずにすやすやとねむつた…

或る淫売婦におくる詩

女よ おんみは此の世のはてに立つてゐる おんみの道はつきてゐる おんみはそれをしつてゐる いまこそおんみはその美しかつた肉体を大地にかへす時だ 静かにその目をとぢて一切を忘れねばならぬ おんみはいま何を考へてゐるか おんみの無智の尊とさよ おんみ…

キリストに与へる詩

キリストよ こんなことあへてめづらしくもないのだが けふも年若な婦人がわたしのところに来た そしてどうしたら 聖書の中にかいてあるあの罪深い女のやうに 泥まみれなおん足をなみだで洗つて 黒い房房したこの髪の毛で それを拭いてあげるやうなことができ…

くだもの

まつ赤なくだもの 木の上のくだもの それをみたばかりで 人間は寂しい盗賊《どろぼう》となるのだ 此の手がおそろしい 目次に戻る

収穫の時

黄金色に熟れた麦麦 黄金色のビールにでも酔ふやうに そのゆたかな匂ひに酔へ 若い農夫よ 此処はひろびろとした畠の中だ 娘つ子にでもするやうに かまふものか 穀物の束をしつかり抱きしめてかつぎだせ 山のかなたに夕立雲はかくれてゐる このまに このまに …

記憶について

ぽんぽんとつめでひき さてゆみをとつたが いつしか調子はくるつてゐる ほこりだらけのヴアヰオリン それでもちよいと 草の葉つぱのどこかのかげで啼いてゐる あの蟋蟀《きりぎりす》の声をまねてみた 目次に戻る

一本のゴールデン・バツト

一本の煙草はわたしをなぐさめる 一本のゴールデン・バツトはわたしを都会の街路につれだす 煙草は指のさきから ほそぼそとひとすぢ青空色のけむりを立てる それがわたしを幸福にする そしてわたしをあたらしく 光沢《つや》やかな日光にあててくれる けふも…

大鉞

てうてうときをうてば まさかりはきのみきをかむ ふりあげるおほまさかりのおもみ うでにつたはるこのおもみ きはふるへる やまふかくねをはるぶなのたいぼくをめがけて うちおろすおほまさかり にんげんのちからのこもつたまさかり ああこのきれあぢ このき…