2006-01-01から1ヶ月間の記事一覧

鴉祭の詩

大鴉 藁とぼろとでこしらへた鴉 そのからすを祭れ きみらは農夫 ひろい黎明《よあけ》の畠にとびだし しみじみと種子《たね》を蒔いた 種子は一粒一粒 種子は善い種子 その上に土をかけ 太陽にそれをかくした きみらは農夫 それからといふもの どんなに畠の…

鞴祭の詩

自分の意志はあかあかと みよ、うつくしくやけただれてゐる 鉄砧《かなしき》の上なる意志を 鋼鉄《はがね》のやうな此の意志を 打て! 鉄槌《てつつい》をふりかざせ とびちるものは火花の吐息だ とびちるものは自分の吐息だ くるしい くるしいから美しいの…

十字架

十字架のおもさは歯をたて むごたらしくも肉体に喰入る 苦しむものの愛する十字架 苦しむものよ にんげんこそまことのキリスト そして道はながい ゴルゴダヘの此の道 どこまで行つたらつきるのか 肩の上の十字架 よろめく足を踏みしめて進み行く くるしみを…

妹におくる

枯葉の下からぞつくりと青い芽をだしてゐるみづくさ すんなりとのびてゐる木木 ひらひらしてゐるのはその木木の若葉だ あたりにさへづる鶸《ひわ》やのじこ 落窪《おちくぼ》からちろちろと雪解の水がながれでゐる その水のきよらかさ その水のきよらかさは …

妊婦を頌する詩

生みのくるしみ 此のくるしみのために はらめるものよ おんみはなにをかんずるか おそろしい胎内のあらし あらしを思へ あらしを忍べ はらめるものは人間である 永遠のはてから来るもの 太陽の愛《いつく》しむもの 生みのくるしみ おんみのくるしみ それが…

人間の詩

ぼくは人間がすきだ 人間であれ それでいい それだけでいい いいではないか ぼくは人間が好きだ 人間であれ 此の目 此の耳 此の口 此の鼻 此の手と足と 何といはうか此の立派さ 頭上に大きな蒼天をいただき 二本の脚で大地をふみしめ 樹木のやうにその上につ…

農夫の詩

おいらをまつてゐる あの山かげへ けふもまたおいらは馬と田圃をすきに行くんだ あそこは酷い痩地だけれど どんなにおいらをまつてるか すけばそれでも黒黒と そこに冬ごもりをしてゐた蛙が巣をこはされてぴよんぴよん飛びだす 雀や鴉がどこからともなく群集…

大風の詩

けふもけふとて 大風は朝からふいた 大風はわたしをふいた その大風と一しよに わたしはひねもす 畑で大根をぬいてゐた 目次に戻る

朝の詩

しののめのお濠端に立ち お濠に張りつめた 氷をみつめる此の気持 此のすがすがしさよ 硝子《ぐらす》のやうな手でひつつかんだ 石ころ一つ その石ころに全身の力をこめて なげつけた氷の上 石ころはきよろきよろと 小鳥のやうにさへづつてすべつた (おお太…

或る日曜日の詩

雪を純白《まつしろ》にいただいた遠方の山山をみつめてゐると 指指の尖から冴えてくるやうだ ぎらぎら油ぎつて光る 椿や樫の葉つぱ 冷い風に枯草が鳴る 地に伏して鳴る 木木は骸骨のやうだ その梢の嗄《しはが》れた生きもののやうな声声 険悪な空はせはし…

病める者へ贈物としての詩

林檎より美しいもの かすてらより柔いもの 此の愛をそなたにおくるのだ 此の愛を 雪のやうな此の愛 落葉《おちば》のやうにはらはらと そなたの上に翻へる そなたはそれをどうみるか 風の中なる私の愛を…… 何といふ冷い手だ 何といふさみしい目だ おお病める…

強者の詩

人間の此上もなきかなしみは 此のくるしみの世界に生みいだされたことだと云ふか 否! これこそ人間のよろこびではないか 此のうつくしさが解らないのか 何といふうつくしさであらう 此のくるしみの世界は 此のくるしみに生くることは みよ ひろびろとした此…

偉大なもの

偉大なものは砲弾ではない 柏のやうな腕である それはまた金貨でもない 鋼鉄《はがね》の歯をもつ胃ぶくろである その上に 此の意志だ 目次に戻る

自分は此の黎明を感じてゐる

自分は感じてゐる 此の氷のやうな闇の底にて目もさえざえと ふゆの黎明を 遠近《をちこち》でよびかはす鶏の声声 人間の新しい日をよびいだすその声を ぐらすのやうに冴えかへる夜気 枯れ残つた草の葉つぱの上に痛痛しい雪のやうな大霜 なにもかもはつきりと…

世界の黎明をみる者におくる詩

鶏の声にめざめた君達だ からすや雀より早くおきいで そして畑へ飛びだした君達だ 朝露にびつしよりとぬれた君達だ まだ太陽も上らないのに 君達の額ははやくも汗ばんだ 君達はひろびろとした畑の上で 世界の黎明《よあけ》をみた それをみるのは君達ばかり…

雪の詩

ちらちらと落ちてきた 雪の群集 どんよりとした空の彼方から これが冬の飾りであるのか 此の世界への贈り物であるのか 純銀の街と村村と 此の凍えてゐる人人の上にふるか 雪は人間を意志的にする 雪は力を堆積する そして人間を神様と一しよにする 祝福せよ …

悪い風

街角で私は 悪い風に遭つた どこかで見たやうな風だ そうだ いつか田圃で 子どもの紙鳶をうばつて逃げた あの風の奴めだ 目次に戻る

友におくる

友よ その足の腫物をいたはれ その金《きん》の腫物を うづきうづくいたみ ながれる愛の膿汁 目次に戻る

路上所見

大道なかをあばれてくる風 それに向つて張上げる子どもの声 風はその声をうばひさつたよ けれど子どもはもうその風の鋭い爪もなにもわすれて むかふの方を歩行《ある》いてゐる 目次に戻る

初冬の詩

そろそろ都会がうつくしくなる そして人間の目が険しくなる 初冬 いまにお前の手は熱く まるで火のやうになるのだ 目次に戻る

道は自分の前にはない それは自分のあしあとだ これが世界の道だ これが人間の道だ この道を蜻蛉《とんぼ》もとほると言へ 目次に戻る

と或るカフヱに飛びこんで 何はさて熱い珈琲を 一ぱい大急ぎ 女が銀のフォークをならべてゐる間も待ちかねて 餓ゑてゐた私は 指尖をソースに浸し 彼奴の肌のやうな寒水石の食卓に 雪のふる山を描いた その山がわすれられない 目次に戻る

記憶の樹木

樹木がすんなりと二本三本 どこでみたのか その記憶が私を揺すつてゐる…… 入日に浸つて黄色くなつた 最後の葉つぱ その葉の落ちてくるのをそれとなく待つてゐた それが自分達の上でひるがへり 冬の日は寂しく暗くなりかけた 風の日はいまも其の木木 骨のやう…

或る日の詩

ひとりは寂しい 群衆の中はさらに寂しい 自分ばかりか 否 おお寂しい人間よ かくも生《いのち》はさびしいものか 此の真実に生きよと 木の葉はちる はらはらとちる 秋の黄昏 みよ、いま世界は黄金色に夕焼けして 此の一日を終るところだ はらはらとちる木の…

或る日の詩

草の葉つぱがゆれてゐる その葉がかすかになびいてゐる あらしが何処かを いまとほる いまとほるのか ひつそりとした此のしづかさ 蜻蛉《とんぼ》、蜻蛉 此の指さきにきてとまれ 目次に戻る

蟋蟀

記憶せよ あの夜のことを あの暴風雨を あの暴風雨にも鳴きやめず ほそぼそと力強くも鳴いてゐた 蟋蟀は声をあはせて はりがねのやうに鳴いてゐた 自分はそれを聞いてゐた 目次に戻る

冬近く

お前の目はふかい それはまるで淵のやうだ 冬近く その目の中にぽつちり…… ぽつちりと点じた一つの灯を思へ 此の真実に生きよ いまは薄暮である 此のさびしさを愛せよ 目次に戻る

雪ふり虫

いちはやく こどもはみつけた とんでゐる雪ふり虫を 而《しか》も私はまだ 一つのことを考へてゐる 目次に戻る

或る風景

みろ 大暴風の蹴ちらした世界を 此のさつぱりした惨酷《むごた》らしさを 骸骨のやうになつた木のてつぺんにとまつて きりきり百舌鳥《もず》がさけんでゐる けろりとした小春日和 けろりとはれた此の蒼空よ 此のひろびろとした蒼空をあふいで恥ぢろ 大暴風…