2006-07-01から1日間の記事一覧

椅子

椅子の下にねむれるひとは、 おほいなる家《いへ》をつくれるひとの子供らか。 目次に戻る

内部に居る人が畸形な病人に見える理由

わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、 それがわたくしの顔をうすぼんやりと見せる理由です。 わたしは手に遠めがねをもつて居ります、 それでわたくしは、ずつと遠いところを見て居ります、 につける製の犬だの羊だの、 あたまのはげた子供たちの…

くさつた蛤

なやましき春夜の感覚とその疾患

蛙の死

蛙が殺された、 子供がまるくなつて手をあげた、 みんないつしよに、 かわゆらしい、 血だらけの手をあげた、 月が出た、 丘の上に人が立つてゐる。 帽子の下に顔がある。 幼年思慕編 目次に戻る

干からびた犯罪

どこから犯人は逃走した? ああ、いく年もいく年もまへから、 ここに倒れた椅子がある、 ここに凶器がある、 ここに屍体がある、 ここに血がある、 さうして青ざめた五月の高窓にも、 おもひにしづんだ探偵のくらい顔と、 さびしい女の髪の毛とがふるへて居…

酒精中毒者の死

あふむきに死んでゐる酒精中毒者《よつぱらひ》の、 まつしろい腹のへんから、 えたいのわからぬものが流れてゐる、 透明な青い血漿《けつしよう》と、 ゆがんだ多角形の心臓と、 腐つたはらわたと、 らうまちすの爛《ただ》れた手くびと、 ぐにやぐにやした…

危険な散歩

春になつて、 おれは新らしい靴のうらにごむをつけた、 どんな粗製の歩道をあるいても、 あのいやらしい音がしないやうに、 それにおれはどつさり壊れものをかかへこんでる、 それがなによりけんのんだ。 さあ、そろそろ歩きはじめた、 みんなそつとしてくれ…

みつめる土地《つち》の底から、 奇妙きてれつの手がでる、 足がでる、 くびがでしやばる、 諸君、 こいつはいつたい、 なんといふ鵞鳥《がちよう》だい。 みつめる土地《つち》の底から、 馬鹿づらをして、 手がでる、 足がでる、 くびがでしやばる。 目次…

悲しい月夜

ぬすつと犬めが、 くさつた波止場の月に吠えてゐる。 たましひが耳をすますと、 陰気くさい声をして、 黄いろい娘たちが合唱してゐる、 合唱してゐる。 波止場のくらい石垣で。 いつも、 なぜおれはこれなんだ、 犬よ、 青白いふしあはせの犬よ。 目次に戻る

かなしい遠景

かなしい薄暮になれば、 労働者にて東京市中が満員なり、 それらの憔悴《しようすい》した帽子のかげが、 市街《まち》中いちめんにひろがり、 あつちの市区でも、こつちの市区でも、 堅い地面を掘つくりかへす、 掘り出して見るならば、 煤ぐろい嗅煙草の銀…

悲しい月夜

焦心

霜ふりてすこしつめたき朝を、 手に雲雀料理をささげつつ歩みゆく少女あり、 そのとき並木にもたれ、 白粉《おしろい》もてぬられたる女のほそき指と指との隙間《すきま》をよくよく窺ひ、 このうまき雲雀《ひばり》料理をば盗み食べんと欲して、 しきりにも…

天景

しづかにきしれ四輪馬車、 ほのかに海はあかるみて、 麦は遠きにながれたり、 しづかにきしれ四輪馬車。 光る魚鳥の天景を、 また窓青き建築を、 しづかにきしれ四輪馬車。 目次に戻る

掌上の種

われは手のうへに土《つち》を盛り、 土のうへに種をまく、 いま白きじようろもて土に水をそそぎしに、 水はせんせんとふりそそぎ、 土のつめたさはたなごころの上にぞしむ。 ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、 われは手を日光のほとりにさしのべしが、 …

雲雀料理

ささげまつるゆふべの愛餐《あいさん》、 燭《しよく》に魚蝋《ぎよろう》のうれひを薫じ、 いとしがりみどりの窓をひらきなむ。 あはれあれみ空をみれば、 さつきはるばると流るるものを、 手にわれ雲雀の皿をささげ、 いとしがり君がひだりにすすみなむ。 …

盆景

春夏すぎて手は琥珀《こはく》、 瞳《め》は水盤にぬれ、 石はらんすゐ、 いちいちに愁ひをくんず、 みよ山水のふかまに、 ほそき滝ながれ、 滝ながれ、 ひややかに魚介はしづむ。 目次に戻る

殺人事件

とほい空でぴすとるが鳴る。 またぴすとるが鳴る。 ああ私の探偵は玻璃《はり》の衣裳をきて、 こひびとの窓からしのびこむ、 床は晶玉、 ゆびとゆびとのあひだから、 まつさをの血がながれてゐる、 かなしい女の屍体のうへで、 つめたいきりぎりすが鳴いて…

苗は青空に光り、 子供は土地《つち》を掘る。 生えざる苗をもとめむとして、 あかるき鉢の底より、 われは白き指をさしぬけり。 目次に戻る

山居

八月は祈祷、 魚鳥遠くに消え去り、 桔梗《ききよう》いろおとろへ、 しだいにおとろへ、 わが心いたくおとろへ、 悲しみ樹蔭をいでず、 手に聖書は銀となる。 目次に戻る

感傷の手

わが性のせんちめんたる、 あまたある手をかなしむ、 手はつねに頭上にをどり、 また胸にひかりさびしみしが、 しだいに夏おとろへ、 かへれば燕はや巣を立ち、 おほ麦はつめたくひやさる。 ああ、都をわすれ、 われすでに胡弓を弾かず、 手ははがねとなり、…

雲雀料理

五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつかは一度、あの空に光る、雲雀《ひばり》料理の愛の皿を盗んで食べたい。 目次に戻る

いと高き梢にありて、 ちいさなる卵ら光り、 あふげば小鳥の巣は光り、 いまはや罪びとの祈るときなる。 目次に戻る

天上縊死

遠夜に光る松の葉に、 懺悔《ざんげ》の涙したたりて、 遠夜の空にしも白ろき、 天上の松に首をかけ。 天上の松を恋ふるより、 祈れるさまに吊されぬ。 目次に戻る

つみとがのしるし天にあらはれ、 ふりつむ雪のうへにあらはれ、 木木の梢にかがやきいで、 ま冬をこえて光るがに、 おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。 みよや眠れる、 くらき土壌にいきものは、 懺悔《ざんげ》の家をぞ建てそめし。 目次に戻る

あふげば高き松が枝に琴かけ鳴らす、 をゆびに紅をさしぐみて、 ふくめる琴をかきならす、 ああ かき鳴らすひとづま琴の音にもつれぶき、 いみじき笛は天にあり。 けふの霜夜の空に冴え冴え、 松の梢を光らして、 かなしむものの一念に、 懺悔《ざんげ》の姿…

林あり、 沼あり、 蒼天あり、 ひとの手にはおもみを感じ しづかに純金の亀ねむる、 この光る、 寂しき自然のいたみにたへ、 ひとの心霊《こゝろ》にまさぐりしづむ、 亀は蒼天のふかみにしづむ。 目次に戻る

すえたる菊

その菊は醋《す》え、 その菊はいたみしたたる、 あはれあれ霜つきはじめ、 わがぷらちなの手はしなへ、 するどく指をとがらして、 菊をつまむとねがふより、 その菊をばつむことなかれとて、 かがやく天の一方に、 菊は病み、 饐《す》えたる菊はいたみたる…

光る地面に竹が生え、 青竹が生え、 地下には竹の根が生え、 根がしだいにほそらみ、 根の先より繊毛が生え、 かすかにけぶる繊毛が生え、 かすかにふるえ。 かたき地面に竹が生え、 地上にするどく竹が生え、 まつしぐらに竹が生え、 凍れる節節りんりんと…

ますぐなるもの地面に生え、 するどき青きもの地面に生え、 凍れる冬をつらぬきて、 そのみどり葉光る朝の空路に、 なみだたれ、 なみだをたれ、 いまはや懺悔《ざんげ》をはれる肩の上より、 けぶれる竹の根はひろごり、 するどき青きもの地面に生え。 目次…

草の茎

冬のさむさに、 ほそき毛をもてつつまれし、 草の茎をみよや、 あをらみ茎はさみしげなれども、 いちめんにうすき毛をもてつつまれし、 草の茎をみよや。 雪もよひする空のかなたに、 草の茎はもえいづる。 目次に戻る