犀川の岸辺

茫《ぼう》とした
広い磧《かはら》は赤くもみいで
夜《よ》ごとに荒い霜を思はせるやうになつた
私は幾年《いくねん》ぶりかで
また故郷《こきやう》に帰り来て
父や母やと寝起きをともにしてゐた
休息は早やすつかり私をつつんでゐた
私は以前にもまして犀川《さいかは》の岸辺を
川上の靄《もや》の立つたあたりを眺めては
遠い美しい山なみに対して
自分が故郷にあること
又自分が此処を出て行つては
辛いことばかりある世界だと考へて
思ひ沈んで歩いてゐた
何といふ善良な景色であらう
私は流れに立つたり
土手の草場に坐つたり
その一本の草の穂を抜いて見たりしてゐた
私の心は
みるみる故郷の滋味に帰つてゐた
医王山《いわうぜん》や戸室《とむろ》や
大日連邦《だいにちれんぽう》の
その峰の上にある空気まで
自分の肺にとり入れるやうな
深い永い呼吸を試みてゐた