別離

    人妻をしたへる男の山に登り其
    女の家を望み見てうたへるうた

誰《たれ》かとゞめん旅人《たびびと》の
あすは雲間《くもま》に隠るゝを
誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを

清《きよ》き恋とや片《かた》し貝《がひ》
われのみものを思ふより
恋はあふれて濁《にご》るとも
君に涙をかけましを

人妻《ひとづま》恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人《つみびと》と
呼びたまふこそうれしけれ

あやめもしらぬ憂《う》しや身は
くるしきこひの牢獄《ひとや》より
罪の鞭責《しもと》をのがれいで
こひて死なんと思ふなり

誰《たれ》かは花をたづねざる
誰かはいろに迷はざる
誰かは前にさける見て
花を摘《つ》まんと思はざる

恋の花にも戯《たはむ》るゝ
嫉妬《ねたみ》の蝶《ちょう》の身ぞつらき
二つの羽《はね》もをれをれて
翼の色はあせにけり

人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいやいや深き
われに思ひのあるものを

梅の花さくころほひは
蓮《はす》さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩《はぎ》さかばやと思ふかな

待つまも早く秋はきて
わが踏む道に萩さけど
濁りて待てる吾《わが》恋は
清き怨《うらみ》となりにけり

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