二つの泉

自然の母の乳房《ちぶさ》より
そこに流るゝ泉あり

たとへば花の処女《をとめご》の
やがて優しき母となり
その嬰児《みどりご》の唇を
うるほすさまに似たるかな

一つは清《す》みて冷《ひや》やかに
谷の間《あひだ》にほとばしり
葉を重ねたる青草《あをぐさ》の
しげみのうちを流れけり

一つは泉あたゝかに
其《その》色暗く濁《にご》りいで
ひゞきは神の鳴るごとく
巌《いはほ》の蔭に溢れけり

幸《さち》はあつさにつかはれて
渇きかなしむ人にあれ
あゝ樹の蔭の草深く
すめる泉を飲みほして
自然のうちに湧きいづる
清《きよ》き生命《いのち》を汲《く》ましめよ

幸《さち》は望みの薄くして
思ひなやめる人にあれ
あゝ夕風のきたるとき
熱《あつ》き泉に浴《ゆあ》みして
自然のうちにほとばしる
奇《く》しき力を知らしめよ

岩と岩との谷のかげ
砂と砂との山のはを
緑の草の生ひいでゝ
花さく園となすまでは
あふれいでつゝ昼も夜も
たえぬ泉としるや旅人

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