高山に登りて遠く望むの歌

高根《たかね》に登りまなじりを
きはめて望み眺むれば
わがゆくさきの山河《やまかは》は
目にもほがらに見ゆるかな
みそらを凌《しの》ぐ雲の峯
砕《くだ》けて遠く青に入る

こゞしくくしき磐《いは》が根《ね》の
連なり亙る山脈《やまなみ》は
海にきほへる高潮《たかじほ》の
驚き乱れ湧くごとく
大山《おほやま》つみも動《ゆる》ぎいで
わが精魂《たましひ》を奪ふかな

誰《たれ》かは譏《そし》り誰《た》が恨む
翅《つばさ》をのべし鶻隼《はやぶさ》は
虚《むな》しき天《あま》の戸を衝《つ》きて
高きみそらにかけれども
うちふりうちふる羽袖だに
引きとゞむべき雲もなし

遠く緑におほはれて
望をつゝむ野のかたに
東に下《くだ》る河波《かはなみ》の
行くへを見れば紫の
山の麓をうちひたし
滔々《たうたう》として流れ去る

あゝ大空に風吹けば
雲おのづから舞ふごとく
迷ひの霧にこめられし
暗き谷間《たにま》を歩みいで
高根にあれば時を得て
はるかに揚るわが心

かへりみすれば越えてこし
山はうしろに落ち入りて
荒れにし森の影もなく
さみしき野辺も見えわかず
日の照らすとも七重八重
わが故郷《ふるさと》は雲に隠れて

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