わすれ草をよみて

わすれぐさは島田氏のむすめ愛子が遺しおける歌文あまたありけるを、そが教へ親なる人の舟さしよせてしるしありやとつみあつめたるひとまきなり。序のうたは万里小路伯、小伝は東久世伯、追悼のうたを添へたるは竹柏園のうしなり。なほ巻の終にはともがきの手向草あまた載せたるが、いづれも深く追慕の心を寄せたり。巻のはじめなる俤は、かみのつかねざまもいとつゝましく、前髪のみは西ぶりにしてうるはしく切りさげたる、まだうひうひしき肩あげのにつかひたるなど、いづれ昔しのぶの種ならぬはなし。家は神奈川なる川崎町にありといふ。二十六年の秋よりみやこに出でゝ学ぶのかたはら、竹柏園のあるじにつきて歌文の道ををさめ、すぐれたるほもれありしを四とせめの春病にかゝり、年僅に十七にてみまかりぬ。そのむかしをりをりの紀行のふみなど吾許にもてきて朱を加へよなどいひしことも思ひいでられ、さばかりのえにしもありければ、この巻ひもときて懐旧の情に堪へず、雑の歌の終に、病あつしかりける時とはし書して、
  父母の深きめぐみをよそにして
    草葉のつゆときえむとすらむ
とありしを読み、すなはち其歌にちなみて筆を起し、哀歌をつゞる。

もとより消ゆる露なれば
たれかことばをつくすとも
ちらぬすがたに立ちかへり
もとの草葉にのぼるべき

ふたとせの夏はやもきぬ
のこれる人の惜みては
あまる涙をそゝぎてし
おくつきの花さくらん

緑の草の生ひいでゝ
うるはしき実《み》をたまにぬき
なれがはかばをかざるとも
しづこゝろなく眠るらむ

あしたゆかしくさきいでゝ
ゆふべにちるを数ふるに
拾ふもつきじ言の葉の
にほひをのこすわすれ草

すぐれしゆゑにうつし世に
とゞめもあへず紅《くれなゐ》
うつろひ易き色にいで
なれはや早くうせにけむ

あしたゆふべの行く雲の
はたてに物を思ふ汝《なれ》
こゝろづくしの冥府《よみ》にまた
むね驚かすゆめありや

春はたのしきうぐひすの
ながおくつきに歌ふとも
よみぢはいかに木蘭の
花より墜《お》つる露ありや

秋はさびしき黄葉《もみぢば》の
ながおくつきにかゝるとも
うれひをいかに目にあてゝ
おしぬぐふべき菊ありや

あゝ青塚《あをづか》の青草《あをぐさ》も
いくその人かあはれまむ
むさしあぶみもむらさきも
つひには同じ秋一葉《あきひとは》

ゆめなおそれそ風あれて
雲はうき世にさわぐとも
ゆめなおそれそいなづまの
ながおくつきを照らすとも

なれよ安《やす》かれくちなしの
色の泉の岸にさく
よみぢの花に枕して
草葉の影に寝《いね》よかし

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