婚姻の祝いの歌

   其一 花よめを迎ふるのうた

君まつ宵《よひ》のともしびは
いとゞ火影《ほかげ》も花やかに
鶴なきわたる蓬莱の
千世《ちよ》のみどりを照すかな

祝の酒は香《か》にあふれ
錫《すゞ》の堤子《ひさげ》をひたしけり
いざや門辺《かどべ》にたちいでゝ
君の来《きた》るをむかへなむ

星よこよひはみそらより
人の世近くくだりきて
清《す》める光に花よめの
たのしき道のしるべせよ

風よ歌へよ松が枝《え》に
小琴《をごと》をかけよひとふしは
いとしめやかに道すがら
よろこびの譜《ふ》をひけよかし

まなこをそゝげひとびとよ
はやかの群《むれ》はちかづきぬ
ともなひきたるをとめごの
かゞやきわたるさまを見よ

わがうるはしき花よめは
むらさきにさくあやめなり
そのころもには白《びやく》だんの
いとすぐれたるかをりあり

髪には谷の白百合の
にほへる油うちそゝぎ
むすべる見れば其《その》帯に
黄金《こがね》の糸を織りなせり

いざやこよひの歓喜《よろこび》の
花のむしろにいざなひて
秋の紅葉を染めなせし
色すべり着る君を祝はん

   其二 さかもりのうた

ためしすくなきよろこびの
けふのむしろのめでたさに
身を酒瓶《さかがめ》となしはてゝ
祝いの酒にひたらばや

瓶の中なる天地《あめつち》の
祝の夢に酔ひ酔ひて
心は花の香《か》に匂ふ
楽しき春の夜《よ》に似たり

比翼の鳥のうちかはす
羽袖《はそで》もいとゞ新しく
天の契《ちぎ》りを目にも見る
連理の枝のおもしろや

わがはなむこは紅《くれない》の
かほばせいとゞうるはしく
まなこはひかりかゞやきて
あしたの星にまがふめり

わがはなよめは白百合の
白きころもをうちまとひ
その黒髪の露ふかく
黄菊《きぎく》の花をかざしたり

つばさならぶる鴛鴦《をしどり》も
雄鳥《をどり》の羽はまさるごと
いづれか欠《か》くる世の中に
ためしまれなるふたりかな

たれかめでたき言の葉に
神の力は奪ふとも
契の酒をくみかはす
ふたりのさまを喩《たと》ふべき

いかにいかなるたくみもて
画筆《ゑふで》に色は写すとも
欠《か》くるに慣《な》れし彩《あや》をもて
ふたりのさまを画《ゑが》くべき

言ふにも足らじ貝《かひ》の葉の
たがひに二つ相合ふて
情《なさけ》の海にたつ波の
そこによせてはかへすとも

縁《えにし》の神にゆるされて
ふたり身は世に合ふのみか
たがひに慕ふ胸の火は
心の空《そら》にもゆるかな

地にあるときは二人《ふたり》こそ
またき契といふべけれ
天にありても二人こそ
またき妹背《いもせ》にいふべけれ

天の河原は涸るゝとも
連理の枝は朽つるとも
比翼の鳥は離るとも
二人《ふたり》のなかの絶ゆべしや

これを思へばよろこびの
祝の酒に酔ひくだけ
胸のたのしみつきがたく
このさかもりの歌となる

玉山《ぎよくさん》ながく倒れては
おぼつかなくも手をうちて
高砂の歌おもしろき
このむしろこそめでたけれ

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