うぐひす

さばれ空《むな》しきさへづりは
雀の群《むれ》にまかせてよ
うたふをきくや鶯の
すぎこしかたの思ひでを

はじめて谷を出でしとき
朔風《きたかぜ》寒《さむ》く霰《あられ》ふり
うちに望みはあふるれど
行くへは雲に隠《かく》れてき

露は緑の羽《はね》を閉《と》ぢ
霜は翅《つばさ》の花となる
あしたに野辺の雪を噛《か》み
ゆふべに谷の水を飲む

さむさに爪も凍りはて
絶えなんとするたびごとに
また新《あら》たなる世にいでゝ
くしきいのちに帰りけり

あゝ枯菊《かれぎく》に枕して
冬のなげきをしらざれば
誰《た》が身にとめむ吹く風に
にほひ乱るゝ梅が香を

谷間《たにま》の笹の葉を分けて
凍れる露を飲まざれば
誰《た》が身にしめむ白雪の
下に萌え立つ若草を

げに春の日のゝどけさは
暗くて過ぎし冬の日を
思ひ忍べる時にこそ
いや楽しくもあるべけれ

梅のこぞめの花笠《はながさ》を
かざしつ酔ひつうたひつゝ
さらば春風吹き来《きた》る
香《にほひ》の国に飛びて遊ばむ

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