2005-12-01から1日間の記事一覧

不思議な川辺で

私はおまへの死を信じる。おまへは死んだと、だれも私には告げない。また私はおまへの死の床《とこ》に立ち会わなかつた。それにも拘らず私は信じる、おまへがひとりさびしく死んで行つたと。――それはおそらく夜の明けようとするときだつたらう、おまへは前…

ひとり林に……

だれも 見てゐないのに 咲いてゐる 花と花 だれも きいてゐないのに 啼いてゐる 鳥と鳥 通りおくれた雲が 梢の 空たかく ながされて行く 青い青いあそこには 風が さやさや すぎるのだらう 草の葉には 草の葉のかげ うごかないそれの ふかみには てんたうむ…

ひとり林に……

山のみねの いただきの ぎざぎざの上 あるのは 青く淡い色 あれは空 空のかげに かがやく日 空のおくに ながれる雲……私はおもふ 空のあちこちを 夏の日に咲いてゐた 百合の花も ゆふすげも 薊(あざみ)の花も かたい雪の底に かくれてゐる みどりの草も い…

天の誘ひ

死んだ人なんかゐないんだ。 どこかへ行けば、きつといいことはある。 夏になつたら、それは花が咲いたらといふことだ、高原を林深く行かう。もう母もなく、おまへもなく。つつじや石榴の花びらを踏んで。ちようどついこの間、落葉を踏んだやうにして。 林の…

旅人の夜の歌…

FRAULEIN A.MUROHU GEWIDMET 降りすさむでゐるのは つめたい雨 私の手にした提灯《ちやうちん》はやうやく 昏《くら》く足もとをてらしてゐる 歩けば歩けば夜は限りなくとほい 私はなぜ歩いて行くのだらう 私はもう捨てたのに 私を包む寝床《ねどこ》も あつ…

或る晴れた日に

悲哀《ひあい》のなかに 私はたたずんで 眺めてゐる いくつもの風景が しづかに みづからをほろぼすのを すべてを蔽《おほ》ふ 大きな陽さしのなかに 私は黒い旗のやうに 過ぎて行く古いおもひにふるへながら 風や 光や 水たちが 陽気にきらめくのを とほく…