詩のpickup(人間の強さについて)

山村暮鳥さんの詩人としての道は、美、宗教、そして自然へと連なっていきましたが、その全ての詩は人間の強さを信じ、万物に対して赤裸々に人間の力を表現したものとして紡がれています。
ここでは山村暮鳥さんの詩の中から、人間の強さについて語った詩を数点選びました。

  • 苦しみについて
    • 人間苦
      (何方をむいてみても ひどく人間はくるしんでゐる)
    • 人間の勝利
      (くるしいか くるしめ それがわれわれを立派にする)
    • 身自らにおくるの詩
      (くるしみぬいたとうぬぼれてはならない くるしみきれぬと絶望してはならない)
  • 人間の力について
    • 人間の詩
      (頭上に大きな蒼天をいただき 二本の脚で大地をふみしめ 樹木のやうにその上につつ立つ人間)
    • 寝てゐる人間について
      (何といふ立派な骨格だ そしてこの肉づきは)
    • 握手
      (君もその手に力をこめて そして自分の痛いといふほど 握りかへしてくれ)
    • ひとりごと
      (おお此の肉体の力はよ それは眠つてゐるまに何処から来たか)
    • 耳をもつ者に聞かせる詩
      (高高とどんな物でもさしあげ、ふりあげる此の腕)
    • わすれられてゐるものについて
      (君達はひつ提げてゐる 各自に梃子よりも立派な腕を)



人間苦



何方をむいてみても
ひどく人間はくるしんでゐる
ああ人間ばかりは
人間ばかりか
人間なればこそ自分もこんなにくるしんでゐるのだ
すばらしい都会の大通でも
此の汎いあをあをとした穀物畠ででも
みんな一緒だ
だれもかれもみんなくるしんでゐるのだ
けれどみんなのくるしみをみると
自分はいよいよくるしくなる
みんなといつしよにくるしむのだ
みんなといつしよにくるしむとは言へ
自分等はひとりびとりだ
ひとりを尊べ!
何と言つてもくるしむのだ
自分はひとりでくるしまう
みんなのかはりにくるしまう
一切のくるしみをみな此の肩にのせかけろ 人人よ
そして身も軽軽と自由であれ
空の鳥のやうであれ
万人を一人で
自分はみんなの幸福のために生きよう
自分はみんなのくるしみに生きよう
かうおもつてみあげた大空
此の滴るやうな深い碧《あを》さ
此のすばらしさ
自分はかくも言ひ知れぬ鋭さにおいて感ずる
人間の激しい意志を
いまこそ強い大地の力を

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人間の勝利



人間はみな苦んでゐる
何がそんなに君達をくるしめるのか
しつかりしろ
人間の強さにあれ
人間の強さに生きろ
くるしいか
くるしめ
それがわれわれを立派にする
みろ山頂の松の古木《こぼく》を
その梢が烈風を切つてゐるところを
その音の痛痛しさ
その音が人間を力づける
人間の肉に喰《く》ひいるその音《ね》のいみじさ
何が君達をくるしめるのか
自分も斯《こ》うしてくるしんでゐるのだ
くるしみを喜べ
人間の強さに立て
恥辱《はじ》を知れ
そして倒れる時がきたらば
ほほゑんでたふれろ
人間の強さをみせて倒れろ
一切をありのままにじつと凝視《みつ》めて
大木《たいぼく》のやうに倒れろ
これでもか
これでもかと
重いくるしみ
重いのが何であるか
息絶えるとも否と言へ
頑固であれ
それでこそ人間だ

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身自らにおくるの詩



くるしみぬいたとうぬぼれてはならない
くるしみきれぬと絶望してはならない
断えず苦しめ
そしてほほゑめ
くるしみは波のやうなものではないのか
磯岩をかむその波波
うみ草を洗う波波
うかぶ船
むれとぶかもめ
波波のうねりをみないか
生きたその美しさをみないか
くるしみの上にあれ

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人間の詩



ぼくは人間がすきだ
人間であれ
それでいい
それだけでいい
いいではないか

ぼくは人間が好きだ
人間であれ
此の目
此の耳
此の口
此の鼻
此の手と足と
何といはうか此の立派さ

頭上に大きな蒼天をいただき
二本の脚で大地をふみしめ
樹木のやうにその上につつ立つ人間
牛のやうな歩行者
蜻蛉《とんぼ》のやうな空中の滑走者

此の人間をおもへ
此の世のはじめ
まだ創造のあしたであつた時を想像してみろ
そこに何があつたか
茫漠としてはてなき荒野
おなじやうな其上の空
その空の太陽
それをみつけたのは人間だ
みんな人間が発見《みつ》けたのだ
みんな人間のものだ

翼あるもの
鰭《ひれ》あるもの
すべての這ふもの
すべての草木
すべてのものを愛し
すべてのものに美き名をあたへた人間

一切の価値
一切の意義
一切の法則
一切は人間のさだめたところによつて存在するのだ
人間あつての世界でないか
人間を信ぜよ
此の偉大なる人間を
大地が地上に押しだした生《いのち》の子ども

人間であれ
人間を信ぜよ
鉄のやうな人間の意志を
けだもののやうな人間の愛を
そして神神のやうな人間の自由を
ああ人間はいい

空気と水と穀物
それから日光と
そこで繁殖する人間だ
そこで人間は大きくなるのだ
そこで人間はつよくなるのだ
ああ人間はいい

此の人間は生きてゐる
此の人間は生きんとする
人間であれ
人間であることを思へ

人間はいい
ぼくは人間が好きだ
ぼくが一ばん好きなのは何とゆつても人間だ
人間であれ
人間であれ
人間であれ
人間であれ

此の人間はどこからきた
此の人間はどこへ行く
それがなんだ
そんなことはどうでもいい
よくみろ
而して思へ
どんな世界を新しく此の人間がつくりいだすか
どんな時代を新しく此の人間がつくりいだすか
どんな大きな信念を
どんな大きな思想を
どんな大きな芸術を
此の人間が生みいだすか

人間をみろ
人間をみろ
よくみろ
目をすゑてみろ、太陽
永遠を一瞬間に生きる人間
汝の愛《いつく》しむもの
神神も照覧あれ
此の生きてゐる人間を

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寝てゐる人間について



みろ
何といふ立派な骨格だ
そしてこの肉づきは
かうしてすつぱだかで
ごろりとねてゐるところはまるで山だ
すやすやと呼吸するので
からだは山のうねりを打つ
ようくお寝《やす》み
ようくおやすみ
ゆふべの泥酔《ゑひ》がすつかりさめて
ぱつちりと鯨のやうな目があいたら
かんかん日の照るこの大地を
しつかり
しつかり
ふみしめて
またはたらくのだ
ようくおやすみ
おお寝てゐる人間のもつてゐる此の偉大
おおびくともしない此の偉大
それをみてゐると
自《おのづか》らあたまが垂れる

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握手



どうしたといふのだ
そのみすぼらしいしほれやうは
そのげつそりと痩せたところはまるで根のない草のやうだ
おい兄弟
どうしたといふのだ
何はともあれ握手をもつてはじめることだ
さあその手をだしたまへ
しつかりと自分が握つてやる
大麦を刈りとつた畠に
これはいま秋そばを播きつけてきた手だ
どんなことでもしつてゐる手だ
どんなことにも耐へてきた手だ
土臭いとて顔を竦《すく》めるな
此の手は君に確信を与へる
ぐつとつきだせ
もじもじするのは恥づべき行為だ
君もその手に力をこめて
そして自分の痛いといふほど
握りかへしてくれ
それでよろしい
強く正しく直立《つつた》て!

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ひとりごと



一月中のはげしい労働によつて
ぐつたりとつかれた体躯《からだ》
今朝《けさ》みると
むくむくと肥え太り
それがなみなみと力を漲《みなぎ》らしてゐる
そしてあふれるばかりになつてゐる
それは大きな水槽が綺麗な水を一ぱいたたへてゐるやうだ
たらたらと水槽には筧《かけい》の水がしたたるのだが
おお此の肉体の力はよ
それは眠つてゐるまに何処《どこ》から来たか
力はあふれる水のやうなものだ
肉体から充ちあふれさうな此の力
それをまたけふもけふとて彼方《かなた》で頻りに待つてゐる
あの丘つづきの穀物
あの色づいて波立てる麦の畠をおもへ
此の新しい日のひかり
新しくあれ
ゆたかな力のよろこびに生きろ

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耳をもつ者に聞かせる詩



これが神の意志だ
この力の触れるところ
すべては砕け
すべて微塵となる
高高とどんな物でもさしあげ、ふりあげる此の腕
そこに此の世界を破壊する憂鬱な力がこもつてゐるのだ
娘つ子はこんな腕でだき緊められろ
人形のやうな目のぱつちりしたあかんぼに
むくむくと膨くれた乳房が吸はせてみたくはないか
それも神の意志だ
これも神の意志だ
言へ
自分達こそ男と女の神様なんだと

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わすれられてゐるものについて



君達はひつ提げてゐる
各自《てんで》に梃子《てこ》よりも立派な腕を
石つころをも砕く拳を
これはまたどうしたものだ
それで人間をとり返へさうとはしないのか
全くそれを忘れてゐる
そして馬鹿だと罵られてゐる
鉄のやうな腕と拳と
金銭《かね》で売買のできない武器とは此のことだ
それは他人には何の役にも立たない各自のもので
君達に最初さういふ唯一の尊い武器をくだすつたのは神様だが
それをまるで薪木《たきぎ》にもならないものだと嘲《あざけ》つて棄てさせようとした悪漢《わるもの》は誰だ
だが考へてみれば
馬鹿だと言はれる君達よりも
君達を馬鹿だといふ奴等の方がよつぽど馬鹿なんだ
いまに君達がひつ提げながらも忘れてゐるその腕と拳とをおもひだす時
其時、一人が千人万人になるんだ
其時、彼奴等《きやつら》は地べたにへたばるんだ
まあいいさ
何もかも神様がごぞんじでいらつしやることだ
そうして其時、世界が息を吹返すんだ

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