2004-07-01から1日間の記事一覧

室生犀星氏

みやこのはてはかぎりなけれど わがゆくみちはいんいんたり やつれてひたひあをかれど われはかの室生犀星なり 脳はつかれてときならぬ牡丹《ぼたん》をつづり あしもとはさだかならねど みやこの午前 杖《すてつき》をもて生けるとしはなく ねむりぐすりの…

都にのぼりて

わが手にしたたるものは孤独なり 身をみやこの熱闘のなかに置けども 深深として夜《よ》はむせべるごとし したたるものは孤独なり 窓を閉《とざ》して なにものをか見出さんとするごとく 眼《まなこ》のみいや冴えかへる

平原

起きると紙にむかふ 紙は真白《ましろ》な平原になり 平原はけふもどこまでも続く いくら歩いても 行手《ゆくて》が見えて来ない どんな旅行でも これ以上永《なが》い旅はなからう 駱駝《らくだ》も 馬も 人さへ死にはてた平原に 吹きすさぶものは風ばかり…

並木町

茫《ぼう》として うつつを綴《つづ》る 夜霧の並木町 ぬれて歩めば ひややかに身は浮きあがる 輝ける巷《ちまた》のそらに 夜の並木に ああ 都にかえり来て 再びさまよひ疲れんとするか 燃えつつそそぐ夜の霧

小景異情

その一 白魚はさびしや そのくろき瞳《め》はなんといふ なんといふしをらしさぞよ そとにひる餉《げ》をしたたむる わがよそよそしさと かなしさと ききともなやな雀《すずめ》しば啼《な》けり その二 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふ…

桜咲くところ

私はときをり自らを懺悔《ざんげ》する 雪で輝いた山山を見れば 遠いところからくる 時間をいふものに永遠を感じる ひろびろとした眺《なが》めに対《むか》ふときも よき人の艶麗《えんれい》がにほうて来るのだ 艶麗なものに離れない 離れなければ一層苦し…

砂丘の上

渚《なぎ》には蒼《あお》き波のむれ かもめのごとくひるがへる 過ぎし日はうすあをく 海のかなたに死にうかぶ おともなく砂丘の上にうづくまり 海のかなたを恋ひぬれて ひとりただひとり はるかにおもひつかれたり

老いたるえびのうた

けふはえびのやうに悲しい 角《つの》やらひげやら とげやら一杯生やしてゐるのが どれが悲しがってゐるのか判らない。 ひげにたづねて見れば おれではないといふ。 尖《とが》つたひげに聞いて見たら わしでもないといふ。 それでは一体誰が悲しがつてゐる…

はる

おれがいつも詩を書いてゐると 永遠がやつて来て ひたひに何か知らなすつて行く 手をやつて見るけれど すこしのあとも残さない素早い奴だ おれはいつもそいつを見ようとして あせつては手を焼いてゐる 時がだんだん進んで行く おれの心にしみを遺《のこ》し…