常盤樹

あら雄々《をゝ》しきかな傷《いた》ましきかな
かの常盤樹《ときはぎ》の落ちず枯れざる
常盤樹の枯れざるは
百千《もゝち》の草の落つるより
傷ましきかな
其《その》枝に懸《かゝ》る朝の日
其幹を運《めぐ》る夕月《ゆふつき》
など行く旅の迅速《すみやか》なるや
など電《いなづま》の影と馳《は》するや
蝶の舞
花の笑
など遊ぶ日の世に短きや
など其酔《ゑひ》の早く醒《さ》むるや
虫草《むしくさ》の葉に悲めば
一時《ひとゝき》にして既に霜
鳥潮《とりしほ》の音に驚けば
一時にして既に雪
木枯《こがらし》高く秋落ちて
自然の色はあせゆけど
大力《だいりき》天を貫きて
坤軸《こんぢく》遂に静息《やすみ》なし
ものみな速くうらがれて
長き寒さも知らぬ間に
汝《いまし》千歳の時に嘯《うそぶ》き
独りし立つは何の力ぞ
白銀《しろかね》の花霏々《ひゝ》として
吹雪の煙闇《くら》き時
四方《よも》は氷に閉されて
江海《えうみ》も音《おと》をひそむ時
汝《いまし》緑の蔭も朽《く》ちせず
空を凌《しの》ぐは何の力ぞ
立てよ友なき野辺《のべ》の帝王《すめらぎ》
ゆゝしく高く立てよ常盤樹
汝《いまし》の長き春なくば
山の命も老いなむか
汝《いまし》の深き息なくば
谷の響も絶えなむか
あしたには葉をうつ霙《みぞれ》
ゆふべには枝うつ霰《あられ》
千草《ちぐさ》も知らぬ冬の日の
嵐に叫ぶうきなやみ
いづれの日にか
氷は解けて
其《その》葉の涙
消えむとすらむ
あゝよしさらば枝も摧《くだ》けて
終の色の落ちなむ日まで
雲浮かば
無縫《むほう》の天衣《てんい》
風立たば
不朽《ふきう》の緒琴《をごと》
おごそかに
立てよ常盤樹《ときはぎ》
あら雄々《をゝ》しきかな傷ましきかな
かの常盤樹の落ちず枯れざる
常盤樹の枯れざるは
百千《もゝち》の草の落つるより
傷ましきかな

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