立原道造

跋……

チユウリツプは咲いたが 彼女は笑つてゐない 風俗のおかしみ 《花笑ふ》と 僕は 紙に書きつける ……畢【をはり】 目次に戻る ルビは【】で示した。 親本:「立原道造詩集」白凰社(昭和40年) 親本の底本:「立原道造全集」角川書店(昭和38年) 初出:手製(…

帽子

学校の帽子をかぶつた僕と黒いソフトをかぶ つた友だちが歩いてゐると、それを見たもう 一人の友だちが後になつてあのときかぶつて ゐたソフトは君に似あふといひだす。僕はソ フトなんかかぶつてゐなかつたのに、何度い つても、あのとき黒いソフトをかぶつ…

愛情

郵便切手を しやれたものに考へだす

貧乏な天使が 小鳥に変装する 枝に来て それはうたふ わざとたのしい唄を すると庭がだまされて小さい薔薇の花をつける 名前のかげで暦【こよみ】は時々ずるをする けれど 人はそれを信用する 目次に戻る

僕は

僕は 背が高い 頭の上にすぐ空がある そのせゐか 夕方が早い! 目次に戻る

田園詩

小径【こみち】が、林のなかを行つたり来たりしてゐる、 落葉を踏みながら、暮れやすい一日を。 目次に戻る

旅行

この小さな駅で 鉄道の柵のまはりに 夕方がゐる 着いて僕はたそがれる だらう ……路の上にしづかな煙のにほひ 僕の一歩がそれをつきやぶる 森が見 える 畑に人がゐる この村では鴉が鳴いてゐる やがて僕は疲れた僕を固い平【たいら】な黒い寝 床に眠らせるだ…

日記

季節のなかで 太陽が 僕を染めかへる ちようど健康さうに見えるまで ……雨の日 埃だらけの本から 僕は言葉をさがし出す―― 黒つぐみ 紫陽花 墜落 ダイヤの女王【クヰーン】……… (僕は僕の言葉を見つけない!) 夜が下手にうたつてきかせた 眠られないと 僕はい…

街道【かいどう】の外れで 僕の村と 隣の村と 世間話をしてゐる 《もうぢき鶏が鳴くでせう 《これからねむい季節です その上に 昼の月が煙を吐【は】いてゐる 目次に戻る

裸の小鳥と月あかり 郵便切手とうろこ雲 引出しの中にかたつむり 影の上にはふうりんさう 太陽と彼の帆前船【ほまえせん】 黒ん坊と彼の洋燈【ランプ】 昔の絵の中に薔薇の花 僕は ひとりで 夜が ひろがる 目次に戻る

風が……

《郵便局で 日が暮れる 《果物屋の店で 灯がともる 風が時間を知らせて歩く 方々【ほうぼう】に 目次に戻る

日曜日

目次 風が…… 唄 春 日記 旅行 田園詩 僕は 暦 愛情 帽子 跋……

夢見たものは……

夢見たものは ひとつの幸福 ねがつたものは ひとつの愛 山なみのあちらにも しづかな村がある 明るい日曜日の 青い空がある 日傘をさした 田舎の娘らが 着かざつて 唄をうたつてゐる 大きなまるい輪をかいて 田舎の娘らが 踊りををどつてゐる 告げて うたつ…

樹木の影に

日々のなかでは あはれに 目立たなかつた あの言葉 いま それは 大きくなつた! おまへの裡【うち】に 僕のなかに 育つたのだ ……外に光が充ち溢れてゐるが それにもまして かがやいてゐる いま 僕たちは憩【いこ】ふ ふたりして持つ この深い耳に 意味ふかく…

午後に

さびしい足拍子【あしびようし】を踏んで 山羊【やぎ】は しづかに 草を食べてゐる あの緑の食物は 私らのそれにまして どんなにか 美しい食事だらう! 私の飢ゑは しかし あれに たどりつくことは出来ない 私の心は もつとさびしく ふるへてゐる 私のをかし…

また昼に

僕はもう はるかな青空やながれさる浮雲のことを うたはないだらう…… 昼の 白い光のなかで おまへは 僕のかたはらに立つてゐる 花でなく 小鳥でなく かぎりない おまへの愛を 信じたなら それでよい 僕は おまへを 見つめるばかりだ いつまでも さうして ほ…

朝に

おまへの心が 明るい花の ひとむれのやうに いつも 眼ざめた僕の心に はなしかける 《ひとときの朝の この澄んだ空 青い空 傷ついた 僕の心から 棘【とげ】を抜いてくれたのは おまへの心の あどけない ほほゑみだ そして 他愛もない おまへの心の おしやべ…

また落葉林で

いつの間 もう秋! 昨日は 夏だつた……おだやかな陽気な 陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる ひとところ 草の葉のゆれるあたりに おまへが私のところからかへつて行つたときに あのあたりには うすい紫の花が咲いてゐた そしていま おまへは 告げてよこす 私…

夢のあと

《おまへの 心は わからなくなつた 《私の こころは わからなくなつた かけた月が 空のなかばに かかつてゐる 梢のあひだに―― いつか 風が やんでゐる 蚊の鳴く声が かすかにきこえる それは そのまま 過ぎるだらう! 私らのまはりの この しづかな夜 きつと…

さびしき野辺

いま だれかが 私に 花の名を ささやいて行つた 私の耳に 風が それを告げた 追憶の日のやうに いま だれかが しづかに 身をおこす 私のそばに もつれ飛ぶ ちひさい蝶らに 手をさしのべるやうに ああ しかし と なぜ私は いふのだろう そのひとは だれでもい…

落葉林で

あのやうに あの雲が 赤く 光のなかで 死に絶えて行つた 私は 身を凭【もた】せてゐる おまへは だまつて 脊を向けてゐる ごらん かへりおくれた 鳥が一羽 低く飛んでゐる 私らに 一日が はてしなく 長かつたやうに 雲に 鳥に そして あの夕ぐれの花たちに …

爽やかな五月に

月の光のこぼれるやうに おまへの頬に 溢れた 涙の大きな粒が すぢを曳いたとて 私は どうして それをささへよう! おまへは 私を だまらせた…… 《星よ おまへはかがやかしい 《花よ おまへは美しかつた 《小鳥よ おまへは優しかつた ……私は語つた おまへの…

序の歌

しづかな歌よ ゆるやかに おまへは どこから 来て どこへ 私を過ぎて 消えて 行く? 夕映【ゆふばえ】が一日を終らせよう と するときに―― 星が 力なく 空にみち かすかに囁きはじめるときに そして 高まつて むせび泣く 絃【いと】のやうに おまへ 優しい歌…

優しき歌

目次 序の歌 Ⅰ 爽やかな五月に Ⅱ 落葉林で Ⅲ さびしき野辺 Ⅳ 夢のあと Ⅴ また落葉林で Ⅵ 朝に Ⅶ また昼に Ⅷ 午後に Ⅸ 樹木の影に Ⅹ 夢見たものは……

書籍

文庫本 優しき歌―立原道造詩集 (角川文庫)作者: 立原道造出版社/メーカー: 角川書店発売日: 1999/01メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (5件) を見る立原道造詩集 (岩波文庫)作者: 立原道造,杉浦明平出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1988/0…

 紹介 年譜 書籍

詩集 日曜日 萱草に寄す 暁と夕の詩 優しき歌 その他 或る晴れた日に 旅人の夜の歌… 天の誘ひ ひとり林に…… ひとり林に…… 不思議な川辺で 詩のpickup 好きな詩

立原道造について

人はもっとゆたかに暮らしを営んでいくことができる。立原さんの詩を読み返して、ふとそのようなことを考えた。立原さんは建築家であり堀辰雄などの作家や詩人達の集まるコロニーであった軽井沢の追分村に「浅間山麓に位する芸術家コロニーの建築群」の構想…

立原道造の年譜

大正3年 東京市日本橋区橘町に、商品荷造り用木箱製造業の立原家の次男として生まれる。父貞次郎、母登免。 大正8年 父貞次郎死去。店の看板が「立原道造商店」と改めれた。このころから、母と弟の3人家族で、店の仕事は番頭が采配を振るっていた。大正1…