2005-11-01から1ヶ月間の記事一覧

藪入

上 朝浅草を立ちいでゝ かの深川を望むかな 片影冷《すゞ》しわれは今 こひしき家に帰るなり 籠の雀のけふ一日《ひとひ》 いとまたまはる藪入や 思ふまゝなる吾身こそ 空飛ぶ鳥に似たりけれ 大川《おおかは》端《ばた》を来て見れば 帯は浅黄の染模樣 うしろ…

響りんりん音りんりん

響《ひびき》りんりん音《おと》りんりん うちふりうちふる鈴高く 馬は蹄《ひづめ》をふみしめて 故郷の山を出づるとき その黒毛なす鬣《たてがみ》は 冷《すゞ》しき風に吹き乱れ その紫の両眼《りやうぐわん》は 青雲遠く望むかな 枝の緑に袖《そで》触れ…

寂寥

岸の柳は低くして 羊の群の絵にまがひ 野薔薇の幹は埋もれて 流るゝ砂に跡もなし 蓼科山《たでしなやま》の山なみの 麓をめぐる河水や 魚住む淵に沈みては 鴨の頭の深緑 花さく岩にせかれては 天の鼓の楽の音 さても水瀬はくちなはの かうべをあげて奔るごと…

常盤樹

あら雄々《をゝ》しきかな傷《いた》ましきかな かの常盤樹《ときはぎ》の落ちず枯れざる 常盤樹の枯れざるは 百千《もゝち》の草の落つるより 傷ましきかな 其《その》枝に懸《かゝ》る朝の日 其幹を運《めぐ》る夕月《ゆふつき》 など行く旅の迅速《すみや…

千曲川旅情の歌

昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ この命なにを齷齪《あくせく》 明日をのみ思ひわづらふ いくたびか栄枯《えいこ》の夢の 消え残る谷に下りて 河波のいざよふ見れば 砂まじり水巻き帰る 嗚呼古城なにをか語り 岸の波なにをか答ふ 過《いに…

舟路

海にして響く艫《ろ》の声 水を撃つ音のよきかな 大空に雲は飄《たゞよ》ひ 潮《しほ》分けて舟は行くなり 静なる空に透《す》かして 青波《あおなみ》の深きを見れば 水底《みなそこ》やはてもしられず 流れ藻の浮きつ沈みつ 緑なす草のかげより 湧き出づる…

蟹の歌

波うち寄する磯際《いそぎは》の 一つの穴に蟹二つ 鳥は鳥とし並び飛び 蟹は蟹とし棲《す》めるかな 日毎《ひごと》の宿《やど》のいとなみは 乾く間《ま》もなき砂の上 潮《しほ》引く毎に顕《あらは》れて 潮《しほ》満《み》つ毎《ごと》に隠れけり やが…

海辺の曲

うみべといへるしらべに合せてつくりしうた よのわづらひをのがれいでつゝ、ひとりうみべにさまよひくれば、あゝはや、わがむねは、こひのおほなみ、こゝろにやすきひとゝきもなく、くらきうしほのうみよりいでゝ、あふれてきしにのぼれるみれば、つめたきか…

椰子の実

名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ 故郷《ふるさと》の岸を離れて 汝《なれ》はそも波に幾月《いくつき》 旧《もと》の樹は生《お》ひや茂れる 枝はなほ影をやなせる われもまた渚を枕 孤身《ひとりみ》の浮寝《うきね》の旅ぞ 実をとりて胸にあつ…

利根川だより*2

野辺のゆきゝ あしびきの山のあらゝぎ たゞ一もと摘みてもて来て 我妹子がたもとに入れし 足引きのやまのあらゝぎ いまもなほさやかに匂ふ あなうれしいまだ我をば 忘れたまはじ 野の家 袖子が家のやねの草 そで子がやねの草の露 ゆふべは宿る星ひとつ 哀は…

夏の夢

また落ちかゝる白雨の 若葉青葉を過ぎてのち 緑の野辺の蝶に来て 名もなき草の花ざかり めぐりめぐりて藪かげを ぬつと出づれば夏の日や 白き光に照らされて すがたをつゝむ頬冠り 離れ離れの雲の行く 天の心は知らねども 蛙のうたふ声きけば 今はよろづの恋…

銀鎖

こゝろをつなぐ銀《しろがね》の 鎖《くさり》も今はたえにけり こひもまこともあすよりは つめたき砂にそゝがまし 顔もうるほひ手もふるひ 逢ふてわかれををしむより 人目の関はへだつとも あかぬむかしぞしたはしき 形《かたち》となりて添はずとも せめて…

浦島

浦島の子とぞいふなる 遊ぶべく海辺に出でゝ 釣《つり》すべく岩に上りて 長き日を糸垂れ暮す 流れ藻《も》の青き葉蔭に 隠れ寄る魚かとばかり 手を延べて水を出《い》でたる うらわかき処女《をとめ》のひとり 名のれ名のれ奇《く》しき処女《をとめ》よ わ…

蜑のなげき

風よ静かに彼《か》の岸へ こひしき人を吹き送れ 海を越え行く旅人の 群《むれ》にぞ君はまじりたる 八重《やへ》の汐路《しおぢ》をかき分けて 行くは僅《わずか》に舟一葉《ふねひとは》 底白波《しらなみ》の上なれば 君安かれと祈るかな 海とはいへどひ…

胸より胸に

其 一 めぐり逢ふ 君やいくたび めぐり逢《あ》ふ君やいくたび あぢきなき夜《よ》を日にかへす 吾《わが》命暗《やみ》の谷間も 君あれば恋のあけぼの 樹《き》の枝に琴は懸《か》けねど 朝風の来て弾《ひ》くごとく 面影に君はうつりて 吾胸を静かに渡る …

罪《つみ》なれば物のあはれを こゝろなき身にも知るなり 罪なれば酒をふくみて 夢に酔ひ夢に泣くなり 罪なれば親をも捨てて 世の鞭《むち》を忍び負ふなり 罪なれば宿を逐《お》はれて 花園に別れ行くなり 罪なれば刃《やいば》に伏《ふ》して 紅《あか》き…

緑蔭

枝うちかはす梅と梅 梅の葉かげにそのむかし 鶏《とり》は鶏《とり》とし並び食《く》ひ われは君とし遊びてき 空風吹けば雲離れ 別れいざよふ西東《にしひがし》 青葉は枝に契るとも 緑は永くとゞまらじ 水去り帰る手をのべて 誰《た》れか流れをとゞむべき…

黄昏

つと立ちよれば垣根《かきね》には 露草《つゆくさ》の花さきにけり さまよひくれば夕雲《ゆふぐも》や これぞこひしき門辺《かどべ》なる 瓦の屋根に烏《からす》啼き 烏《からす》帰りて日は暮れぬ おとづれもせず去《い》にもせで 螢と共にこゝをあちこち…

悪夢

少年の昔よりかりそめに相知れるなにがし、獄に繋がるゝことこゝに三とせあまりなりしが、はからざりき飛報かれの凶音を伝へぬ。今春獄吏に導かれて、かれを巣鴨の病床に訪ひしは、旧知相見るの最後にてありき。かれ学あり、才あり、西の国の言葉にも通じ、…

壮年の歌

わかものゝかたりていへる 人の身にやどれる冬の 暮れてゆく命を見れば 雲白く髪に流れて 日にあたる花も香もなし 枯草をすがたに刻み 食ひ飲みて衰ふばかり おのづから眠にかへる 労こそは奇しきものなれ ある翁こたへていへる われとても君にさながら 身に…

労働雑詠

其一 朝 朝はふたゝびこゝにあり 朝はわれらと共にあり 埋れよ眠行けよ夢 隱れよさらば小夜嵐《さよあらし》 諸羽《もろは》うちふる鶏は 咽喉《のんど》の笛を吹き鳴らし けふの命の戦闘《たゝかひ》の よそほひせよと叫ぶかな 野に出でよ野に出でよ 稲の穂…

小諸なる古城のほとり

小諸なる古城のほとり 雲白く遊子《いうし》悲しむ 緑なす【はこべ】は萌えず 若草も藉《し》くによしなし しろがねの衾《ふすま》の岡辺 日に溶《と》けて淡雪流る あたゝかき光はあれど 野に満つる香《かをり》も知らず 浅くのみ春は霞みて 麦の色わづかに…

序文

わが口唇は千曲川の蘆のごとし。その葉は風に鳴りそよぎてあやしきしらべに通ふめるごとく、わが口唇もまた震ひ動きて朝暮の思を伝ふるまでなり。かれをしらべといはんには、あまりにかすかなり、これを歌といはんには、あまりにつたなくをさなきものなり。 …

落梅集*1

目次 小諸なる古城のほとり 労働雑詠 壮年の歌 悪夢 黄昏 緑蔭 罪 胸より胸に 蜑のなげき 浦島 銀鎖 夏の夢 利根川だより 椰子の実 海辺の曲 蟹の歌 舟路 千曲川旅情の歌 常盤樹 寂寥 響りんりん音りんりん 藪入 鼠をあはれむ 問答の歌 鳥なき里

木曾谿日記*5

十一月一日 きみがはかばに きゞくあり きみがはかばに さかきあり くさはにつゆは しげくして おもからずやは そのしるし いつかねむりを さめいでゝ いつかへりこむ わがはゝよ あからひくこも ますらをも みなちりひぢと なるものを あゝさめたまふ こと…

亡友反古帖*4

春駒(断篇) 第一 門出 北風に窓閉されて朝夕の 伴《とも》となるもの書《ふみ》と炉火《いろり》、 軒下の垂氷《つらゝ》と共に心《むね》凍り、 眺めて学ぶ雪達磨、 けふまでこそは梅桜、 霜の悩みに黙しけれ。 霜柱きのふ解けたる其儘《そのまま》に 朝…

ながれみづ

きりぎりす

去年《こぞ》蔦の葉の かげにきて うたひいでしに くらぶれば ことしも同じ しらべもて かはるふしなき きりぎりす 耳なきわれを とがめそよ うれしきものと おもひしを 自然《しぜん》のうたの かくまでに 旧《ふる》きしらべと なりけるか 同じしらべに た…

白磁花瓶賦

みしやみぎはの白あやめ はなよりしろき花瓶《はながめ》を いかなるひとのたくみより うまれいでしとしるやきみ 瓶《かめ》のすがたのやさしきは 根ざしも清き泉より にほひいでたるしろたへの こゝろのはなと君やみん さばかり清きたくみぞと いひたまふこ…

銀河

天《あま》の河原《かはら》を ながむれば 星の力《ちから》は おとろへて 遠きむかしの ゆめのあと こゝにちとせを すぎにけり そらの泉《いづみ》を よのひとの 汲むにまかせて わきいでし 天の河原は かれはてて 水はいづこに うせつらむ ひゞきをあげよ …