2006-01-01から1年間の記事一覧

青空に飛び行く

かれは感情に飢ゑてゐる。 かれは風に帆をあげて行く舟のやうなものだ かれを追ひかけるな かれにちかづいて媚をおくるな かれを走らしめろ 遠く白い浪のしぶきの上にまで。 ああ かれのかへつてゆくところに健康がある。 まつ白な 大きな幸福の寝床がある。…

腕のある寝台

綺麗なびらうどで飾られたひとつの寝台 ふつくりとしてあつたかい寝台 ああ あこがれ こがれいくたびか夢にまで見た寝台 私の求めてゐたただひとつの寝台 この寝台の上に寝るときはむつくりとしてあつたかい この寝台はふたつのびらうどの腕をもつて私を抱く…

蝶を夢む

座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼《はね》をひろげる 蝶のちひさな 醜い顔とその長い触手と 紙のやうにひろがる あつぼつたいつばさの重みと。 わたしは白い寝床のなかで眼をさましてゐる。 しづかにわたしは夢の記憶をたどらうとする 夢はあはれにさびし…

蝶を夢む 詩集前篇

この章に集めた詩は、「月に吠える」以後最近に至るまでの作で「青猫」の選にもれた分である。但し内八篇は「青猫」から再録した。

詩集の始に

この詩集には、詩六十篇を納めてある。内十六篇を除いて、他はすべて既刊詩集にないところの、単行本として始めての新版である。 この詩集は「前篇」と「後篇」の二部に別かれる。前篇は第二詩集「青猫」の選にもれた詩をあつめたもの、後篇は第一詩集「月に…

蝶を夢む

目次 詩集の始に 蝶を夢む 詩集前篇 蝶を夢む 腕のある寝台 青空に飛び行く 冬の海の光を感ず 騒擾 群集の中を求めて歩く 内部への月影 陸橋 灰色の道 その手は菓子である その襟足は魚である 春の芽生 黒い蝙蝠 石竹と青猫 海鳥 眺望 蟾蜍 家畜 夢 寄生蟹の…

跋文

土 岐 哀 果 石川は遂に死んだ。それは明治四十五年四月十三日の午前九時三十分であつた。 その四五日前のことである。金がもう無い、歌集を出すやうにしてくれ、とのことであつた。で、すぐさま東雲堂に行つて、やつと話しがまとまつた。 うけとつた金を懐…

悲しき玩具

呼吸《いき》すれば、 胸《むね》の中《うち》にて鳴《な》る音《おと》あり。 凩《こがらし》よりもさびしきその音《おと》! 眼《め》閉《と》づれど、 心《こころ》にうかぶ何《なに》もなし。 さびしくも、また、眼《め》をあけるかな。 途中《とちう》…

悲しき玩具

目次 悲しき玩具 跋文

手套を脱ぐ時

手套《てぶくろ》を脱《ぬ》ぐ手《て》ふと休《や》む 何《なに》やらむ こころかすめし思《おも》ひ出《ひ》のあり いつしかに 情《じやう》をいつはること知《し》りぬ 髭《ひげ》を立《た》てしもその頃《ころ》なりけむ 朝《あさ》の湯《ゆ》の 湯槽《ゆ…

忘れがたき人人

一 潮《しほ》かをる北《きた》の浜辺《はまべ》の 砂山《すなやま》のかの浜薔薇《はまなす》よ 今年《ことし》も咲《さ》けるや たのみつる年《とし》の若《わか》さを数《かぞ》へみて 指《ゆび》を見《み》つめて 旅《たび》がいやになりき 三度《みたび…

一握の砂(2)

目次*1 忘れがたき人人 手套を脱ぐ時 *1:字数の関係から2つに分けた

秋風のこころよさに

ふるさとの空《そら》遠《とほ》みかも 高《たか》き屋《や》にひとりのぼりて 愁《うれ》ひて下《くだ》る 皎《かう》として玉《たま》をあざむく少人《せうじん》も 秋《あき》来《く》といふに 物《もの》を思《おも》へり かなしきは 秋風《あきかぜ》ぞ…

一 病《やまひ》のごと 思郷《しきやう》のこころ湧《わ》く日《ひ》なり 目《め》にあをぞらの煙《けむり》かなしも 己《おの》が名《な》をほのかに呼《よ》びて 涙《なみだ》せし 十四《じふし》の春《はる》にかへる術《すべ》なし 青空《あをぞら》に消…

我を愛する歌

東海《とうかい》の小島《こじま》の磯《いそ》の白砂《しらすな》に われ泣《な》きぬれて 蟹《かに》とたはむる 頬《ほ》につたふ なみだのごはず 一握《いちあく》の砂《すな》を示《しめ》しし人《ひと》を忘《わす》れず 大海《だいかい》にむかひて一…

序文*2

函館なる郁雨宮崎大四郎君 同国の友文学士花明金田一京助君 この集を両君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。 また一本をとりて亡児真一…

序文*1

世の中には途方も無い仁《じん》もあるものぢや、歌集の序を書けとある、人もあらうに此の俺に新派の歌集の序を書けとぢや。ああでも無い、かうでも無い、とひねつた末が此んなことに立至るのぢやらう。此の途方も無い処が即ち新の新たる極意かも知れん。 定…

一握の砂(1)

目次*1 序文 序文 我を愛する歌 煙 秋風のこころよさに *1:字数の関係から2つに分けた

少年にして早う名を成すは禍なりと云へど、しら髮かきたれて身はさらぼひながら、あるかとも問はれざる生きがひなさにくらぶれば、猶、人と生れて有らまほしくはえばえしきわざなりかし。それも今様のはやりをたちが好む、ただかりそめの名聞ならば爪弾《ツ…

めしひの少女

『日は照るや。』声は青空《あをぞら》 白鶴《しらつる》の遠きかが啼き、── ひむがしの海をのぞめる 高殿《たかどの》の玉の階《きざはし》 白石《しらいし》の柱に凭《よ》りて、 かく問《と》ひぬ、盲目《めしひ》の少女《をとめ》。 答《こた》ふらく、…

草苺

青草《あをぐさ》かほる丘《をか》の下《もと》、 小唄《こうた》ながらに君過《す》ぐる。 夏の日ざかり、野良《のら》がよひ、 駒《こま》の背《せ》にして君過ぐる。 君くると見てかくれける 丘の草間《くさま》の夏苺《なついちご》、 日照《ひで》りに…

凌霄花

鐘楼《しゆろう》の柱《はしら》まき上《あ》げて あまれる蔓《つる》の幻と 流れて石の階《きざはし》の 苔《こけ》に垂れたる夏の花、 凌霄花《のうぜんかづら》かがやかや。 花を被《かづ》きて物思《ものも》へば、 現《うつゝ》ならなく夢ならぬ ただ影…

小田屋守

身は鄙《ひな》さびの小田屋守《をだやもり》、 苜蓿《まごやし》白き花床《はなどこ》の 日照《ひで》りの小畔《をぐろ》、まろび寝て、 足《た》るべらなりし田子《たご》なれば、 君を恋ふとはえも云へね、 水無月《みなづき》蛍とび乱れ、 暖《ぬる》き…

青鷺

隠沼《こもりぬま》添《ぞ》ひの丘《をか》の麓《を》、 漆《うるし》の木立《こだち》時雨《しぐ》れて 秋の行方《ゆくへ》をささと たづねて過《す》ぎし跡や、 青鷦色《やまばといろ》の霜《しも》ばみ、 斑《まだら》らの濡葉《ぬれば》仄《ほの》に ゆ…

森の葉を蒸《む》す夏照《なつで》りの かがやく路のさまよひや、 つかれて入りし楡《にれ》の木の 下蔭に、ああ瑞々《みづみづ》し、 百葉《もゝは》を青《あを》の御統《みすまる》と 垂《た》れて、浮けたる夢の波、 真清水透《とほ》る小泉よ。 いのちの…

落櫛

磯回《いそは》の夕《ゆふ》のさまよひに 砂に落ちたる牡蠣《かき》の殻《から》 拾《ひろ》うて聞けば、紅《くれなゐ》の 帆かけていにし曽保船《そぼふね》の ふるき便《たより》もこもるとふ 青潮《あをうみ》遠きみむなみの 海の鳴る音もひびくとか。 古…

傘のぬし

柳《やなぎ》の門《かど》にたたずめば、 胸の奥より擣《つ》くに似る 鐘がさそひし細雨《ほそあめ》に ぬれて、淋《さび》しき秋の暮、 絹《きぬ》むらさきの深張《ふかばり》の 小傘《をがさ》を斜《はす》に、君は来ぬ。 もとより夢のさまよひの 心やさし…

白鵠

愁ひある日を、うら悲し 鵠《かう》の鳴く音の堪へがたく、 水際《みぎは》の鳥屋《とや》の戸をあけて 放《はな》てば、あはれ、白妙《しろたへ》の 蓮《はす》の花船《はなぶね》行くさまや、 羽搏《はう》ち静かに、秋の香の 澄《す》みて雲なき青空を、 …

あさがほ

ああ百年《ひやくねん》の長命《ちやうめい》も 暗の牢舎《ひとや》に何かせむ。 醒《さ》めて光明《ひかり》に生《い》くるべく、 むしろ一日《ひとひ》の栄願《はえなが》ふ。 寝《ね》がての夜のわづらひに 昏耗《ほほ》けて立てる朝の門《かど》、 (こ…

救済の綱

わづらはしき世の暗の路に、 ああ我れ、久遠《くをん》の恋もえなく、 狂ふにあまりに小さき身ゆゑ、 ただ『死』の海にか、とこしへなる 安慰よ、真珠《またま》と光らむとて、 渦巻《うづま》く黒潮《くろしほ》下《した》に見つつ、 飛《と》ばむの刹那《…